【09 ライトノベル】
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・【09 ライトノベル】
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夜、またライトノベルを読んで、過ごしている。
いつもならもう四回くらいシコっているかもだけども、何か言葉を、文章を欲していたようで、どんどん本を読みふけってしまう。
ここ最近の俺は何だか言葉が整っていなかった感覚が今、心に残っている。
でも今はどんどん整理整頓できているような、人間らしい言葉の自分になっているような気がする。全部感覚だけども。
余計な()もカッコ付けもある意味無い。自然体の、自然文体の自分になれているような気持ち。
夜十時になり、もう余計なことはせず、歯を磨いて寝ることにした。
しっかり洗面台で歯を磨き、ベッドに入り込んで、意外と早く寝たような気がする。
朝起きると、俺の部屋のイスで来水が座って寝ていて、目を丸くしてしまった。
もしや、いわゆる一夜を共にしたのでは、と思ってしまうが、俺は酒に酔っていたわけじゃないし、そもそも酒はあまり飲まないほうだ。
一夜を共にし、身体を重ねて、最後は夜を撫でたのかと思い、俺は焦って後方に身体を飛ばし、壁に背中を当ててドシンと物音を立てた。するとその音で起きたのだろう、来水が目を開けると、
「溜口だって夜泣きしているじゃん」
と言われて、なおビックリしてしまった。
そこから来水の言い分を黙って聞いていると、どうやら俺も無意識に夜泣きをしていて、来水は心配になって部屋に入り、ずっと見守っていたらしい。
それで俺の夜泣きが終わったところで、自分もそのまま寝落ちした、と。
これはもう完全におかしい。
俺が夜泣きしていても別にいいし。
そもそもずっとどういうつもりなんだ。
俺は来水へ、
「そもそもどういうつもりなんだよ!」
と声を荒らげると、来水が伏し目がちに語り出した。
「そもそもで言えばアタシはね、溜口が高校でライトノベルを読んでいるところを見かけて、友達になりたかったんだ。アタシはずっとライトノベルが好きで」
新事実におののいてしまう俺。
いやまだ事実だと信じることはしないことにする。何の矜持かは分からないけども。
来水は続ける。
「本当に、本当に友達になりたかったんだよね、溜口とは」
と念を押してきた。俺が信じてない顔をしていたからだろうか。
俺は訳も分からず、来水から目を逸らしてしまう。
黙って枕のほうを見てしまう俺。
「でも河合からさ……『今度のイジメのターゲット、アイツにする感じ?』と言われてさ。河合とは中学時代からの腐れ縁、切ることができなかった。知ってる? デカい中学校だったし、同じクラスにはなってないから分からないかもだけども、溜口とアタシと河合とあと松岡も同じ中学だったんだよ。溜口が中学の図書館でライトノベルを読んでいたこともアタシは一方的に知っていたし、その時に話し掛けていれば良かったね」
来水だって寝起きから即喋り出して、歯磨きしていないはずなのに、そんなクサくはないなぁ、とか関係無いことを考えてしまう。
「なし崩し的に溜口をイジメることになってゴメンなさい。そりゃ最初は嫌々イジメていたんだけども、何かもう思考停止しちゃって、イジメが徐々に楽しくなってきて」
来水は瞳に涙を浮かべていて、俺が被害者なのに勝手に被害者ヅラして泣き出しそうになるなよ、と至極真っ当なことが頭の上に浮かんで。
「でもそんなんダメだって、何度も思ったんだけども、やっぱり河合のことが怖くて。松岡も河合に言いなりで愚痴をこぼすこともできなくてさ」
涙がこぼれないようになのか、上を向いた来水。
その時にまた俺は来水の顔を目で追っていることに気付いた。いや瞳に気付いたんだから、そりゃそうか、でも気付いていなかった。
「だからせめて溜口に直接手を下す的な時は、できるだけ優しく蹴るようにして。でもそんなん無意味だよね、実際身体よりも心のほうが痛いんでしょ? やられているほうって」
コイツの攻撃が弱かったのはわざとだったのか。ずっと女子だから攻撃力が低いのかと思っていた。まあ確かに河合愛は相当強くて痛かったけども。
まあ個体差ってあるし、と思っていたけども、意図的に優しくしていたなんて。
「アタシ、ライトノベルばっか読んでいたから勉強もできないし、大学に行くお金も無いし、お母さんのためにも風俗嬢になって働くことにしたんだけども、風俗嬢ってあれだね、ずっと男性から加害されているようなもんだね、こんなんイジメじゃんってさ」
勿論、自らの意志で風俗で働いて、自分の仕事に誇りを持って、別にそこまで嫌じゃない気持ちの人もいるだろうけども、来水は嫌々だったんだ。
俺、昨日「風俗行かないの?」みたいな軽口叩いていたよな、あれも加害じゃないか?
「本当に反省したんだ。溜口に対してしていたことを。だからアタシ、溜口を匂わせるようなペンネームでライトノベルを書くことにしたんだ。気付いてほしくて。本当に人気になったら、自分から申し出る気だったんだ。そこで溜口に贖罪できるならしたいって」
そうだ、何で俺の名前に近いペンネームなのか聞いた時、確か流されていたけども、そういうことだったのか。
でも、と思ったところで来水が少し語気を強めて、
「でもまさか、溜口から接触してくるとは思わなかったよ。しかも自分が書いたなんて言うなんて。想定外。まあアタシのほうも、溜口のこと書いた一作目で賞獲って本になって、それが爆売れするなんて思ってもいなかったけどもねっ。だから本当にギリギリの差。アタシは舞台化の印税が入ったところで溜口に連絡する気だったんだ。そろそろかなと思った矢先だったよ。なんせ溜口がどこに住んでいるかとかも調べていたからね。だから住まいも近くにして。ゴメン、これ本格的なストーカーだ」
そう言って俺のことを見てきた来水。目は相変わらず潤んでいた。
「アタシ、溜口と喫茶店で会食することになった時、これが最後のチャンスだと思った。いや勿論贖罪自体はしつこく言って、なんとかお金を渡したかったけどさ」
俺は生唾を飲み込んでから、
「最後のチャンスって、何?」
来水はこくんと頷いてから、こう言った。
「アタシが人間に戻るための最後のチャンス。ちゃんと溜口と向き合って、アタシが人間に戻るための最後のチャンス」
俺は何を言っていいのか本当に分からず、
「うん」
とだけ声を出すと、来水は耳の髪をかき上げてから、
「激重でゴメン、アタシって本物のストーカーだしさ」
と言って頭を下げた。
俺はでも何か言わないといけないと思って、
「来水が俺の名前に近いペンネームにしたせいで! 逆に俺が人間じゃない行動をしてしまっただろ!」
と明らかに逆ギレみたいなことをかましてしまうと、来水が切なそうに笑ってから、
「そだね」
と答えて、俺は何だか胸が苦しくなってしまった。
それぞれ順番に歯を磨き、朝ご飯みたいな雰囲気になったけども、来水が、
「ゴメン、残り物とか冷凍庫にあるヤツとか適当にチンして食べて。アタシはそのまま執筆するから」
そう言って、来水がさっさと自分の部屋に戻ってしまったので、俺も自分の部屋に戻ることにした。
そこから俺は何かもう、ずっと心臓が高鳴ってしまい、部屋で悶々としてしまう。
今にも狂いだして叫びそうな気持ちと、不思議と心地いいリズムでズキズキ鳴る頭痛。
整理整頓されているこの部屋は元々誰がいたんだろうか。嫌な加齢臭のようなモノは一切無い。
基本的に来水も俺も一階で過ごしている。物色する時に二階も見に行けば良かった。別にそれは行かなくていいか。
というか何だ、ハッキリ描写すると恥ずかしいけども、一旦脳内でちゃんと整理するしかない。
それは。
《《《!風俗嬢なんてやっていたビックリ女に惚れてどうする!》》》
《《《!そもそも俺をイジメていたようなヤツだぞ!》》》
性病だって持っているだろうし、いつ何をしでかすか分からない、のは、俺のほうかもしれない。
俺は来水を無理やり犯すのか、それとも来水を静かに殺すのか、どっちなのか自分でも分からない。
どっちも憎しみ発なのか、それともどこか慈しみがあるのか、それすらも不明瞭だ。
結局俺は黙って家を出ることにした。
FANZA用のタブレットとスマホを持って、LIMEもアンインストールして、俺は音を立てないように玄関を開け閉めした。
来水の家から俺の家は意外と近くて、歩いてどうにかなる距離だった。まあそれも来水が俺の家を調べ上げて近くに住むことにしたみたいなことを言っていたような気がするし、そりゃそうなんだろうけどもさ。だから早く引っ越さないと。
近いから歩いたとは言え、七月の陽気はかなりキツく、家に帰ってきたところで汗だくになっていた。
即座に冷水シャワーを浴びて、いつもの穴が開きまくっている下着に着替えて、部屋着になったら、ベッドの上に転がり込み、あぁ、玄関にタブレットとスマホ置きっぱなしだったと思い出して、面倒だけども取りに行き、改めてベッドの上に座ったら、FANZAに左手でログインして、左手でシコり始めた。いいんだ、いいんだ。俺はシコっていることがお似合いなんだ。シコる人間なんだ、俺は。きっといつでも毎日シコっている人間はこんな生活のほうがお似合いなんだ。似合わないよ、売れっ子ライトノベル作家と生活なんて似合わない。俺じゃない。というか嫉妬で狂いそうだし。一度もライトノベルなんて完成したことないけども、同じ作家として嫉妬しそうだ。殺しそうだ。そういうことだ。来水と一緒にいたら殺してしまうし、きっと来水だってすぐに俺が嫌になって殺そうとするはずだ。そうそう、来水は俺のこと殺そうと思っているだろうし。だって俺という存在がいなくなったら贖罪とやらもしなくていいわけだし。だからとにっかくこうやって逃避行すればいいんだ。現実から逃げ続ければいいだけだ。なんだ、別に初めてじゃない。俺が現実から逃げることは決して初めてじゃないんだ。もう二十六歳なんだ。高校卒業から八年間経っているんだ。いつも通り、いつも通り逃げればいいだけだ。俺は自分を守るために、殺されないために逃げるんだ。その通りなんだ。シコって一旦クールになったら、引っ越しの手続きをしよう。親に言えばなんとかしてもらえるはず。工面というヤツ。そういう言葉、ついこの前ライトノベルで覚えた。
その時だった。
玄関のチャイムが鳴るとほぼ同時に、玄関の扉が開いた音がした。
あぁ、俺は癖で家にいる時は鍵を閉めておかない人間だった。
そんな自分に憤りながらも、郵便局員だと思われる相手の元へ行くと、なんとそこには来水が立っていて、殺されると直感した。
きっと包丁を隠し持っている。それで殺そうとするんだ。そう気付いた時には腰が抜けてしまい、動けなくなってしまった。
こんなん懇願、意味無いのかもしれないけども、言うしかなかった。
「殺さないでくれ」
俺はゲロを吐くように言葉を垂れ流し続けた。
「殺さないでくれ! 俺が全部悪かった! 俺が書いたとかなりすまして悪かった! 気持ち悪いこといっぱい言って悪かった! リモート打ち合わせ邪魔して悪かった! 最低な人間ですまなかった! 申し訳無かった! もう金輪際、風間来水とは関わらない! 約束する! だから殺さないでくれ! 頼む! 殺さないでくれ!」
すると来水が大粒の涙を流し始めたと思ったら、
「殺すわけ、ない、じゃん」
と唇を震わせながら、声を絞り出すように喋り出した。
「溜口をバグらせてしまったのはアタシたちのせいなんだ、罪滅ぼしなんてカッコイイモノじゃないけども改めてアタシとちゃんと同棲してほしい。ううん、カッコつけた。罪滅ぼしだなんてカッコつけた。ただアタシと一緒にいてほしいから同棲してほしい。ただ、ただ、ライトノベルの話ができる友達がほしかっただけなんだ……同じ本を読んでいた同級生と友達になりたかっただけなんだ……同棲とか、変に男女関係を匂わせることが気持ち悪いなら、元・風俗嬢とそういうのが嫌ならシェアハウスでいい、それでいいから一緒に住んでほしい……」
どうやら本当に包丁は持っていないようで、よく見ればバッグも無く、膝から崩れ落ちて、両手を玄関について、まるで土下座をするように泣いている来水。
俺は深呼吸をした。
いつも何か良い香りな来水からは汗の匂いがしてきた。
よく見ると、全身滝のような汗で、焦っているのか何なのか、とにかくまともな状態じゃなかった。
まともな状態じゃない人間はすぐ暴力を振るってくるものだけども、そんな気配は一切しなかった。
こんなに泣いているのに、こんなに頭がおかしくなっていそうなのに、優しそうな感じがして、俺は一言、
「大丈夫だよ、もう」
と何か分からないけども、そう言ってしまうと、来水は顔を上げて、
「良かった」
と微笑んだ。
俺も分からないけども笑っていたかもしれない。
改めて、自宅には外から鍵を掛けて、来水の運転する自動車に乗った時、一瞬嫌な予感、否、継続的な悪寒が走った。
何故なら、向かっている方向が来水の家の方向じゃなかったからだ。




