【13 一変】
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・【13 一変】
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来水が出版した『放課後逆転ストロボライト』の続編も、新作の一般文芸であるエンターテイメント小説も売れて、お金に困ることなく生活できている。そもそも散財もしないし。
俺は本という本は何でも読むようになっていった。そりゃ自己啓発はあんま得意じゃないけども、流行りは一応抑えるようにはしている。
最近は来水と一緒にネタ出しをするようになっていった。最近の流行りに関してはニュースを調べている俺のほうが詳しいくらいなので、割と俺の言ったアイデアを採用してくれていて、本当に芯から嬉しい。
俺なんかのアイデアが本当に通用しているのかどうかは分からないけども、この前、来水が出した新作には俺が浮かんだくだりが採用されて、本当に活字になっていて、正直泣きそうになるくらい嬉しかった。
俺は一生来水を支えていきたいと思っていたある日、玄関のチャイムが鳴り、出版社からの郵便物が届く予定になっていたので、普通にそれだと思って、判子を用意して玄関を開けると、なんとそこには河合愛が立っていたのだ。
さらに両隣には素肌にタンクトップで、見えるところは全部タトゥーにまみれているような男を二人連れていて、すぐにヤバイと察した俺はデカい声で、
「来水! 逃げろ!」
と叫ぶと、河合愛が、
「やっぱり風間もいるんだぁ、そもそも風間の家じゃんね?」
と言ったところで、来水もこちらに来てしまい、河合愛を見て驚愕の表情をした。
タトゥーの男はガムを噛んでいるようで、くちゃくちゃと本当に態度が悪く、河合愛に関しては、電子タバコのようなモノを吸いながらで、まともじゃない。来客者の常識がなっていない。
河合愛はヘラヘラ笑いながら、
「たまたま二人がいるとこ見てぇ、ちょっと尾行してぇ、そうしたらさぁ、何か同じ家に入っていって、ヤバくねぇってつてさぁー」
と最後は吹き出して笑った。両隣のタトゥー男はサングラスをしているので表情はイマイチ分からない。
ただ筋肉質で大柄なため威圧感が半端無い。そしてコイツら全体からキツイ煙の臭いがして、本当に気持ち悪くなるくらいだ。
来水は深呼吸してから、毅然とした態度で、
「未だに尾行とかしてんだ、キモいね」
と軽蔑するような声でそう言うと、河合愛はニヤニヤしながら、
「学生時代は一緒にダメチンコを尾行して笑ってたじゃぁ~ん」
来水は即座に、
「帰って!」
と声を荒らげるが、河合愛もタトゥー男二人も土足で玄関を上がってきた。
俺と来水はじりじりと後ろに下がる。ここは一軒家の一階、急いで部屋の中に走り込んで、窓から外に出れるか? でも靴も無い状態で走れるかどうか。
そもそも来水と呼吸を合わせて走ることも……いや、筋肉質なタトゥー男二人は短パンで、見るからに足の筋肉も凄そうだ。
少なくてもこう土足でやってこられたら、いずれ追いつかれてなんとかなってしまいそうだ、でもまず家の外に出ることに意義があるのかもしれない、誰かに気付いてもらえる可能性もあるわけだし。
季節は八月中旬、家の中はクーラーを付けて、カーテンは閉じて、窓の鍵は閉めている。
いや待てよ、あの部屋なら……そんなことを考えている間もじりじりと詰め寄られて後ずさりしている、俺と風間はアイコンタクトとかも特に無いけども、本がたくさんある部屋のドアを開けて、そっちへ入っていった。
この部屋はいつも俺が早朝と夕方に、空気の入れ替えとして、夏でも窓を開け閉めする部屋なので、朝開けた時に鍵は閉めていない。
そのことを来水も分かっているので、多分この部屋を選んで、とりあえずは追い詰められているフリをしているんだと思う。
その部屋に入ったところで、来水が一気に踵を返し、窓のほうへ走り込んだんだけども、凄い瞬発力でそのタトゥー男の一人が来水に飛び掛かって、来水の首根っこを掴むと、後ろに引きずり倒すように投げて、来水は尻もちをつき、その流れでその男は窓のほうを占拠するように立ちすくみ、窓の鍵は閉めてしまった。
万事休す。
俺と来水はこのタトゥー男に挟まれてしまった。
勝ち誇ったような表情の河合愛は電子タバコの煙を本棚に吐きかけながら、
「何このキモい本の量、キモ過ぎ」
俺は即座に、
「これは全部俺が買った本だ!」
河合愛は憐れむような表情で、
「いやいや、そんなんどうでもいいの。やっぱさぁ、あのキモい本を書いたのって風間なんだぁ、あのキモい本さ、ちゃんとAIに読み込ませて要約させたら、やっぱしダメチンコの話でぇ。松岡問いただしても違うみたいだしさぁ」
俺はできるだけ堂々と、
「いいや! 書いたのは俺だ! 俺が書いたんだよ! だからキモいのは俺だ!」
河合愛は爆笑してから、
「ダメチンコごときが本書けるはずないでしょ、というか下調べはあーしの下僕が全部やってくれたからさぁ。風間が書いたことは確定なんだよねぇ」
俺はもう何も言えず黙ってしまうと、河合愛が、尻もちをついた状態で震えている来水へこう言った。
「風間ぁ、一緒にダメチンコのことイジメようかぁ?」
来水はスクッと立ち上がって、
「二十六歳になってまだそんなことしてんの?」
と唇を震わせながらもそう声を張って言うと、河合愛側の男がニヤニヤし始めて、付けていたボディバッグから何か書類のようなモノを取り出し、こちらに見せると、そこには荒れた髪色をしている来水の裸の写真が大量に載っていた。
これはさすがに俺でも分かる。きっと風俗嬢時代の来水の写真なんだ。
河合愛はその中の一枚の紙を受け取り、
「今日のお客さんは本当に紳士で、しかも手つきが慣れていて、本当に気持ち良かった……是非また指名してほしいと思った……だってさぁ! 風俗嬢の日記! さすが文才ありますねぇ! 読んでるだけで興奮しちゃいますよぉ! 溜口荒野大先生ぇ! 是非これ! もっと全世界に公開して、あつだがわ賞を受賞しましょうよぉ!」
いやいや、そんな脅し……というか、来水の風俗嬢時代のことを調べ上げたということか? 本当いつも思うが、イジメる側って何でこんな執着心があるんだ? 一体どこから湧き上がるんだ? そんなにイジメる対象のことが大好きなのか? とか、本気で思ってしまうところがある。
何もされていないのに尾行して、揚げ足を取り続けて、一体どこからその粘着質のパワーが生み出されるのか、ほとほと疑問だ。
でももし、この写真も文章も公に公開になってしまったら、来水の作家生命が途切れてしまうのではないか……せっかく来水が必死に努力して、やっと辿り着いた道なのに、それを簡単に壊そうとしてくるなんて、本当に最低な連中だ。
河合愛は舐めているような笑顔を浮かべて、
「バラされたくなかったら一緒にダメチンコをイジメようかぁ」
と言ったところで、俺は矢継ぎ早に叫んだ。
「俺のことをイジメていいぞ! やってくれ! 来水!」
と言った瞬間に、目の前にいたタトゥー男が俺の腹を蹴ってきて、内臓から変な液が溢れてくる感覚がして、気付いた時には前屈みになって俺の口からは何かが出ていた。
本当に変な、粘着質のある、そして妙に泡立った透明な液体、血じゃなくて良かったと何か妙に冷静にその垂れていく汁を見てしまっている。
でも立っていることはできなくて、そのまま膝から崩れ落ちてしまうと、目の前がチカチカしてきて、銀色の光が視界の中を飛んでいる。
もっと俺は強がりたいはずなのに、声が出ない、本当に情けない、こんなん男じゃない、でももう何もできないし、声は出ずとも汁は出る、といった感じで、だらだらの口元から流れ出てくる。
すると来水の声だけが聞こえてきた。
「イジメるはずねぇだろ、というか過去バラされるなんて想定済みだ。好きな出版社へ売りに行けば? それともネット上で暴露? 全然良いけどね。つーかさ、こんな過去があったって言われて、逆にアタシの株が上がんじゃね? 今の出版業界、炎上上等よ」
河合愛の溜息が聞こえてきたと思ったら左肩に衝撃が走った。
今度は左肩を蹴られたらしい。
間髪入れず、来水の怒鳴り声が響いた。
「意味分かんねぇよ! ターゲットはアタシだろ!」
河合愛は馬鹿笑いしてから、
「いやいや、一緒にダメチンコをイジメようって話じゃん? 全然どくかい力ないじゃん? それで本当に小説家でできているの? おい、ダメチンコのこと脱がせ」
と言う声と共に、タトゥーの男が俺のことを脱がし始めた。
でも俺はこんな連中の前で全裸になることなんて慣れているので、たいして抵抗せずに、そのまま全裸にさせられると、
河合愛がつまらなそうに、こう言った。
「風間のことも脱がせろよ」
俺はなんとか力を振り絞ってすぐに立ち上がり、全裸のまま来水の前に立ち塞がったんだけども、あんなマッチョの前では無力で、首根っこ掴まれて、本棚のほうに投げ飛ばされて、本も何冊か落ちてきて、もう全身が痛くて動けなくなってしまった。
その間、来水はタトゥー男からどんどん服を脱がされていく。
どうにかして助けなきゃ、どうにかしないとと思っても、とにかく身体が軋んでしょうがない。
ライトノベルならここで俺が覚醒するんだけども、現実は何もできずに留まるだけで。
時折時間差で本が頭の上に降ってきて、窓側のタトゥー男から笑われるだけだ。
河合愛は来水へ向かって、
「風俗嬢が服着てんじゃねぇよ!」
とか好き勝手に罵倒している。
いや仮に現役の風俗嬢でも、普段は服を着ているだろ。
よく分かんないけども脱ぐ過程が無いと興奮しないだろ。それとも風俗って全裸スタートなのか? 行ったことないから分からない。
いや服を着た状態でスタートしたほうが絶対興奮するだろ、いやそんな最低な現実逃避どうでもいい。とにかく来水を助けないといけないのに。
でも何もできない。不甲斐ない。いつも俺はそんな感じだ。大切な場面では本当に無力なのだ。
「風俗嬢風情がいい気になってんじゃねぇよ!」
別に風俗嬢がいい気になってもいいし、今の来水は風俗嬢じゃないし。
何から何まで間違っている。こんな短時間で全部間違えている。
「オマエは一生底辺なんだよ!」
そもそも風俗嬢は底辺じゃない。仕事をしていない俺のほうが余程底辺だ。いいやそれでも他人に迷惑を掛けていなければ底辺じゃないと言ってもいいと思う。
底辺はオマエだよ。人の平穏を壊し、シンプルに犯罪を犯しているオマエが底辺なんだ。イジメは犯罪だし、住居侵入もがっつり犯罪だ、暴行も勿論犯罪なんだ。
「裸でしか生きられないだろ! なぁ!」
別に家では裸族の人がいてもいい。裸で生きることが好きな人は全然普通。でもそれは自分で決めることだ。
家でも可愛い服を着たい人は自分アゲといった感じで、着飾った服を着てもいいし、それは全部自分で決めることで、誰かに言われることじゃない。
「男に媚び売って生きてろよ! ずっと!」
そうやって稼ぐことも全然良い。それで一生分稼いで暮らすのもいいし、それが苦じゃなければ自由だと思う。
でもそれも全て決定権は個人にある。本人にある。というか今の俺は来水というか女性に媚び売って生きている状態だし。ただの自己肯定なのかもしれない。
脳内は動くが、身体が、口が動かない、ただただ黙って俺は来水が脱がされるところを見ていることしかできなかった。




