【11 発露】
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・【11 発露】
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「どしたん? 溜口」
来水が迎えてくれた。相変わらずパソコンは起動中で、やっぱり執筆中だったらしい。
でもそれ以上に俺はちゃんとした男に、せめて半人前にはなりたかった。
だからこう言うことにした。
「俺、仕事するよ。ちゃんと仕事して、せめて半人前の男にはなるよ」
すると来水はプフゥと吹き出して笑って、こっちの覚悟をバカにしているのか、いやそんなことする人間ではないはずなのに、と思っていると、
「もうしてるじゃん、掃除もしてるし、食器洗いもしてくれるし」
と言って、俺は『はぁ?』と思ってしまった。
でも来水は続ける。
「別にアタシの負担軽くしてくれているから仕事しているのと同じだけどなぁ。内職させんのもなぁ、別にそのくらいアタシが稼ぐし」
「いやだから俺、まずはコンビニのバイトから始めて」
「コンビニのバイトって結構大変だよ? まず始める入門書みたいなことじゃないよ、まあ確かにコンビニのバイトできれば大体の仕事はできるみたいなもんかもだけども」
「いやまあコンビニのバイトを下に見たわけじゃなくてっ」
「知ってる知ってる。溜口がそんなヤツじゃないことは知っているよ。でもさ、アタシはずっと傍にいてほしいんだけどもなぁ」
でも、
「もし、俺が、その、また一人で、生活するようになった時、仕事できたほうがいいから、さ……」
と言いづらいから先細りの声でそう言うと、来水は急に目が鋭くなり、
「何それ、ここから出ていくことを考えてんの? アタシとの生活を踏み台にする気なの?」
その眼光に怯える心は押し殺し、なんとか自分の言葉を紡がないとと思い、
「でもさ、実際俺一人でも、稼げたほうが、俺も、来水も今後、良くないか?」
来水は不満そうな顔をしたと思ったら、すぐに満面の笑みになったが、どう見ても目が笑っていない。
そんな顔で、
「決めた! 溜口はアタシに依存させる! 溜口はアタシの家の家事を全部するだけ! それ以外の仕事は一切させない! ずっとアタシと一緒にいないと生きていけなくする!」
と言った、と、思ったら、すぐにしゅんとして、
「ゴメン……言って分かった……これ激重だわ……まだ恋愛の同棲でもないのに……シェアハウスだもんね……いや、仕事したいなら別にいいけどもさ、アタシは家事全部やってくれれば、それなりのお金も渡すよ? キャリアとして仕事したいなら止めないけどもさ、なんつーか……」
と口ごもったと思ったら、意を決した面持ちになり、
「うん! 正直に言ってほしいかな! アタシを踏み台にしたいのならそれでいい! 自分の今後のキャリアを考えたいとかなら全然外に働きに行っていいからせめて本当のことを正直に言ってほしい!」
仕事中にも関わらず、俺の相手をしてくれている来水に誠意を払わなければならない。
俺は全部言うことにした。
「俺は男になりたいんだ」
疑問符を頭上に浮かべている来水。
分かってくれていないなら説明していくまでだ。
「やっぱりちゃんと仕事をしていないと男じゃないと思うんだ。だから俺は外でちゃんと仕事をして男に近付きたいんだ。それでも半人前だけども、まずは片側だけはやっていきたいんだ」
「片側って、もう片側は何よ」
「えっと、童貞を捨てる、だけども」
「じゃあまずそっちからやってみる?」
とあっけらかんと言い切った来水。
俺はビックリしてしまい、つい大声で、
「そんなんは失礼だよ! 仕事中なのに!」
と荒らげてしまうと、来水はへへッと笑ってから、
「別に失礼とかじゃないけども。というかアタシはさっきも言ったけども、溜口はちゃんと仕事をしているよ。家事だってちゃんとした仕事だよ。もしアタシが家政婦を雇ったら、普通にお金払わないといけないんだよ? つまり人にやってもらう時はお金を払わないといけないことをむしろタダで溜口にやらせてゴメンね、ちょっとだけどもお金も払うわ」
そう言って頭を下げた来水。
いやでも、
「母親とか、その、タダでやってるじゃん」
「それは母親にも本当はお金を払わないといけないんだよ!」
と矢継ぎ早にそう言った来水は続ける。
「だって人に頼ったらお金の掛かる行為なんだもん、家事って! だから家事も仕事なの! そりゃ家族間だとキャリアにはならないけども、あれは別に家政婦としてのキャリアがあると言ってもいいと思う! 履歴書に書いたらきっと笑われるけども、むしろ笑われる世界がおかしい!」
そう人差し指をピンと立てて力説してきた。
そう言われるとそうかもしれない、と思って唸り声を上げてしまうと、来水が、
「で、キャリアを形成したいの?」
「そういうわけじゃ、ないかな、バイトってそんなキャリアにもならないだろうし、焼け石に水というか」
「でもバイトしているということもキャリアにはなると思うよ。みんなね、この世は仕事を軽く見過ぎているんだよね、バイトも立派な仕事だし、家事も仕事、何ちゃんとした会社に正社員で勤めないと一人前じゃないという考え方。溜口もそう。男になるとかどうとかこうとか、おかしいよ。生きているだけで男は男だし、女は女だし、自分なりのペースで生きればいいと思うよ!」
俺はふと、こういうことを考えられる人間が創作とかできるんだろうなぁ、と思った。
俺は深呼吸してから、
「分かった。俺、今以上に家事を頑張るよ。料理もするし、少しずつ凝った料理が作れるように勉強もする」
来水はまるで無邪気な子供のように、
「やった! アタシ好みのシェフ誕生!」
とバンザイした。
俺は来水の部屋から出て、自分の部屋でタブレットを使い、早速料理のレシピを見始めた。
まずは自分でもできるような、簡単な料理からスタートさせたいと思っている。
スーパーへのショッピングは二人で行くor俺一人で行くようになった。
基本的に来水もインドア派で、一緒にライトノベル原作のアニメを見たり、ライトノベルの感想戦を行なったり。
そんな生活が続いていき、来水と暮らすことが当たり前になり、一緒にいることに何も疑問を持たなくなったある日、来水が急に一人で、
「病院へ行くね」
と言って、外出していった。
でも風邪っぽさも無かったし、見た目の異常はなかったので、何だか心配になってきた。
モヤモヤとしてしまい、ライトノベルを読む気は無くなり、とにかく今は料理に没頭したほうがいいと思い、長時間煮込まないといけない料理を作り始めて、アク取りを無心でしていたら、意外と早く帰ってきて、俺はすぐに、
「大丈夫だったっ?」
と何か焦り気味で聞いてしまうと、来水は普通の感じで、
「ただの検査だよー」
と言うだけで、またすぐに部屋に戻ってしまった。
俺はせっかく煮込み料理を始めたので、それは作ることにして、でも勿論今も気になっているわけで、もしかしたらパッと見には分からないけども、どこか異常があって、難病とかに罹った疑惑があるのでは、とか思ってしまい、気が気じゃない。
料理が完成したところで、一緒に夕ご飯を食べたんだけども、来水は病院については何も言わない感じで、俺も聞いていいのかどうか分からず、ただライトノベルの話をしただけで終わった。
その日の夜は悶々としてしまい、久しぶりにシコった。一気に八回シコったらさすがにチンコが痛くなった。
でもそれ以降、来水が病院へ行くこともなくて、ちょっと大きめの痰が絡んだだけだったのかな、と思って過ごしていた一週間後くらいに、俺が廊下を掃除中の時に、郵便受けがガコンと鳴り、なんだろうと思って目をそちらに向けると、なんと”〇〇病院から”といったような封筒がきていて、家に届くなんてやはり何かしらの難病なのでは、と戦々恐々としてしまった。
あまりの怖さに封筒がきていたことが言えず、そのまま掃除を邁進した。
でもいつかは来水が執筆を終えて、部屋から出てきて、郵便受けを見に来るわけで。この郵便物を隠すか。いやいや本当に難病なら隠しちゃダメだ。
俺は気が気じゃない気持ちで、掃除をし終えてから、料理に向かうわけだけども、今日は何だか包丁を握る気持ちにはなれない。
というわけで、ピーラーだけで作れるような料理に変更して、ピーラー人参と手剥きキャベツとモヤシの炒め物にすることにした。
もしかしたらもう一緒にいられないかもだから、もっと手の込んだ料理のほうがいいんだろうけども、俺はもうそんなことする気さえ失せてしまい。
来水も執筆を一旦終了して昼ご飯となったところで、普通に郵便受けのほうへ行き、なんと当たり前のようにその封筒を持って居間にやって来たのだ。
そんなこれ見よがしに……と内心震えていると、来水が、
「じゃーんっ! やっぱり大丈夫! これでいつでもセックスできるよ!」
と言いながら、封筒に入っていた紙を俺に見せるように広げてきた。
俺は一瞬目を瞑ったけども、いやいや見なきゃと思って見ると、そこには『性病検査』となるモノが書かれていた。
「全部陰性! まあ風俗辞めた時にそもそも一回検査したんだけども、溜口も気になるかなって改めて検査していたんだっ」
まさかそんなことだったとは……あまりのあっけなさに最初は呆然としていたんだけども、段々沸々と良かった良かったと思うようになり、涙が溢れてきた。
「どどどどどしたんっ?」
と焦る来水に俺は、
「検査とか言うから難病だと思った……」
「そんなはずないじゃん! その可能性があったらすぐ言うし! でもゴメン! ちゃんと何の検査か言えば良かった! つい言葉を省略しちゃった! 一緒に住んでるのに! つか気にしているなら聞いてくれてもいいのに!」
俺はなんとか涙を拭いて、
「ゴメン、ゴメン、泣くのカッコ悪いよな」
「別にそれはどうでもいい、どうでもいいけども、これじゃぁセックスする空気じゃないじゃん」
「いや昼からしないだろ」
「昼からしたっていいんだよ?」
「しなくていいよ、ご飯にしよう」
俺と来水は一緒に昼ご飯を食べて、また来水はそのまま執筆となった。
俺は自分の部屋でライトノベルをまた読む。最近は一般文芸も読んでいる。別にそんな難しいわけでもなかった。
現実設定が多いので、むしろ異世界ファンタジーよりも分かりやすいくらいだ。変な専門用語を覚える必要も無いし。
表現や描写が凝っていると思っていたが、そこまででも無くて、いや来水のラインナップがそうなのかもしれないけども、普通に楽しめる。
午後三時頃から洗濯物を取り込んで、畳む作業。来水の下着も教えられた通り、綺麗に畳めるようになってきた。
最初の頃はいつも勃起していたけども、今は慣れたモノで、勃起しようとした時しか来水の下着では勃起しないようになった。時折はまあ、勃起してやるかぁ、と思って勃起しながら畳むこともある。俺なりの見えない優しさだ。
洗濯物が終わったら、料理をして、夕ご飯に備える。最近はテレビやスマホの電子新聞などでニュースを見て、最近あったニュースをまとめて資料にし、来水に渡す作業も行なっている。
来水は基本ニュースの類は見ないけども、やっぱり知っておかないといけないと言っていて。だから俺がまるで専属の編集者のように、今日あったトッピクスくらいは教えられるようにしている。
夕ご飯の時間になり、来水がやって来た。今日は骨付き鶏肉を焼いてから煮たポトフにした。ご飯にも合うように、ほんだしを入れているところがポイントだ。
「もう香りから美味しそうだよ」
と来水が座りながら言う。
こう、すぐに席に着いてくれることが作る側としては嬉しい。
俺は温めておいたポトフを皿に盛って、来水の前に置くと、
「早く、た、あの、幸次の分もさ……」
と先細りの声でそう言った時に俺は目を丸くしてしまった。
だって今まで溜口と苗字で呼んでいたのに、急に幸次という名前になったからだ。
来水は頬を真っ赤にして、
「幸次、早く……」
と小さな声でそう言った。
俺は流したほうがいいのかと思ったけども、気付いて何も言わないのも一緒に住んでいておかしいので、
「別に溜口のままでいいよ、言いづらいなら」
「でも、アタシは来水と呼んでって言ったのに、アタシが溜口のままは、やっぱりダメでしょ……」
「いっそのことダメチンコでいいんだよ、高校時代みたいに」
「そんなん言わないよ! 幸次!」
と声を荒らげた来水は、ハッと口元を抑えると、俯きがちに、
「ううん、あのね、実は心の中では何度も何度も幸次って呼んでいたの。でもなかなか言えなくて。今咄嗟に声を上げたらちゃんと幸次って言えちゃったねっ」
そうフフッと笑った来水が可愛過ぎて、俺はつい吹き出して笑ってしまった。
それにちょっとムッとしながら来水が、
「ちょっとぉ、真剣を笑うって失礼だよぉ」
「いや可愛過ぎてさ」
と俺が正直に言うと、来水は耳まで紅潮させて、
「もう! 童貞が調子乗るな!」
「別に。童貞でも普通に人間だからなぁ」
「そうだけどさ! 今日はついにセックスしてやるわ! とか言えよ!」
「いいよ、別に。それより夕ご飯食べようぜ」
と俺が言うと、来水は溜息交じりに、
「まあ……そうだねぇ……」
と、どこか不満げにそう言った。
でもポトフを食べ始めたら笑顔が戻ったので良かった。
ちゃんと白米にも合ったみたいで、いつもより多く食べてくれた。
夕ご飯の片付けを俺がして、先に来水がお風呂へ入りに行くいつものパターン。
来水は少し失敗したような感じの独り言で「いっぱい食べちゃったっ」と言っていたんだけども、全然失敗じゃないけどな、嬉しい限りだけどな。
でもお風呂から上がってきた来水に言われた一言で、なんとなくそういうことかと分かった。
「ねぇ、今日こそセックスしようか」
そうか、たくさん食べてお腹が膨れているのを見られることが嫌だったわけか。
でも、
「俺はそんなことしなくたって大丈夫だよ」
来水はフフッと笑みを浮かべると、
「知ってる? 女子にも性欲あるんだよ」
「いやいや、嫌いなヤツとセックスをし慣れているとは言えさ」
来水は爆笑してから、
「嫌いな人と一緒にここまで住まないし、幸次とも呼ばないよ。いつまで自分が嫌われていると錯覚しているの? 嫌いなヤツの料理は食べない! 嫌いなヤツに洗濯物触らせない! 嫌いなヤツを家の隅々まで掃除させない!」
そのことはなんとなく気付いていたけども、ハッキリ言葉にされると、ぐっとくるものがあって。
でも、でもだ、だからこそなんだ、
「じゃあなおさらそんな簡単にセックスなんてしないほうがいい。もっと会話を重ねるべきだ」
来水は切なそうな笑顔で、
「今まで出会った男性で一番優しいね」
と言って、来水は自分の部屋へ戻った。
分かっている、きっとセックスしたほうがいいんだ、まさかセックスしたほうがいいなんて局面が来るなんて。
でもダメなんだ。
結局俺はダメチンコのままなんだ。
やっぱり最後のところで女性が怖い。急に豹変しそうで、またはアナフィラキシーになって来水が死んでしまうかもとかも考えるのだ。
女性が怖いんじゃない、俺が弱いんだ。
でも高校時代ずっとイジメられてきて、生身の女性がずっとずっと苦手なんだ。
今更変えられることではなくて、って、言ったらきっと来水が悲しむだろう。そのイジメてきた一部ではあるのだから。
だからこれは自分で乗り越えないといけない壁なんだ。自分で全部やらないといけないんだ。
今も来水に助けられて生きている俺が、自分一人でやり切らないといけない壁なんだ。
これくらいは乗り越えられるような男じゃなければ、俺は来水の隣にいる資格は無いんだ。
だから。
きっと。
隣にいる資格は無いんだと思う。




