報告④
「その組織は⋯⋯初めは小さいものでした。今の能力格差社会をなくそうとして一部の多種の能力者の集まりから始まったようです⋯⋯」
落ち着いた私達によしろうさんは、美味しい紅茶を出すと、ゆっくりと話をし始めた。
「ケンケン様のお兄様もそのような、お優しい考えの方だったようですが⋯⋯どんどん人を取り入れ増やしていくに従って、偏った考え方に変わっていったのでしょうか⋯⋯」
悲しそうによしろうさんはそう言うと、私達を見た。
⋯⋯
「偏った考え方⋯⋯」
私が呟くと、よしろうさんは静かに頷いた。
「ええ。最初は『虐げられた能力者を救う』という理念だったはずが、いつしか『能力を持たない者、そして自分たちの考えに従わない者を排除し、世界を再構築する』という過激な思想へと変貌していったのです」
「世界を⋯⋯?再構築?」
海の顔が強張る。
「兄さんは⋯⋯本当にそんなことを望んでいるの⋯⋯?そんなこと⋯⋯」
ケンケンが消え入りそうな声で呟いた。紅茶の湯気が、ケンケンの切ない表情をかすかに揺らす。
よしろうさんはケンケンをじっと見つめ話を続ける。
「最初は違ったはずです。しかし、強い力と仲間が集まるにつれ、周囲の歪んだ欲望に飲み込まれてしまったのかもしれません⋯⋯」
初めは本当に、今の格差社会を悲しく思っていたんだよね、きっと。
ケンケンのお兄さんだもん。
優しい人に違いない⋯⋯
でも、人は環境でどんどん変わっていくんだよね⋯⋯
「そして今、彼らが狙っているのが、まなみ様、あなた方の持つ『特別な力』なのです」
⋯⋯
よしろうさんがそう言って私をじっと見つめる。
「私の力⋯⋯」
私が呟くと
よしろうさんは頷く。
「まなみ様の力は、とても大きいものです⋯⋯使い方によっては世界を揺るがすもの⋯⋯」
私の夢の力は⋯⋯とてつもない可能性があるもの。
よーちゃんも言っていた。
世界を動かす力って。
⋯⋯
私の能力はとても危険なものなんだ⋯⋯
あらためて自分の能力を考える。
私がもし考え方が、そっちの考え方に少しでも共感すれば⋯⋯
それはとても危険なことなんだ⋯⋯
私は自分の意思で間違えていない方向へ進むことがちゃんとできるのかな⋯⋯
「まなみ様⋯⋯能力は使い方により、善にも悪にもなります。あなた様はそれを見極める力を持っているはずですよ。だから心配はございません」
よしろうさんは優しく私を見つめる。
「それに、まなちゃんには僕たちがいるでしょ!変なことをしようとしたら、体を張って止めるから!海くんが!」
お菊ちゃんがそう言って優しく微笑む。
「お?おう!大丈夫だ!」
海も、優しく微笑む。
みんなの優しい気持ちと強い気持ちが私を救ってくれる。
私はホッと一息をついた。
「でもよ、ケンケンのお兄さんだって、そんなことのために姿を消したわけじゃないはずだろ?」
海の声に、ケンケンがハッと顔を上げる——。
「⋯⋯兄さんは優しい人だ。幼い頃の話だから⋯⋯うろ覚えではあるけど⋯⋯兄さんは、僕に『誰もが笑って過ごせる世界にしたい』って言っていた。だから⋯⋯こんな方法で世界を変えようとしてるなんて、絶対に間違ってる」
ケンケンは力強い目で海を見つめ返した。その瞳からは、さっきまでの迷いや弱さが消えていた。
「僕が直接、兄さんに会って確かめるよ。どうして変わってしまったのか⋯⋯そして、目を覚まさせなきゃいけないんだ」
「ケンケン⋯⋯」
力強い瞳で言い切ったケンケンの姿に、胸の奥が熱くなる。
ずっとお兄さんの面影を追いかけて、胸の痛みを1人で抱えてきたんだよね⋯⋯ケンケンは。
「そうだよ、ケンケン! 私達も一緒にいるから! ケンケンのお兄さんの目を覚まさせよう!」
私が身を乗り出して言うと、ケンケンは驚いたように目を見開き、それからとても愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
「ありがとう!まなみ」
「よしろうさん、SKYの目的は何なんですか?」
桜井君がよしろうさんに尋ねる。
「SKYは、組織の資金源のようです。」
⋯⋯資金源⋯⋯
よしろうさんのその言葉に、部屋の空気が一気に重くなった。
「資金源ってことは、あんな大掛かりな事務所やアイドル活動で稼いだお金が、全部その組織に流れてるってことですか⋯⋯!?僕の詩も⋯⋯」
桜井君が信じられないといった様子で声を上げる。
「ええ⋯⋯悲しいことですが、その可能性が極めて高いかと。表向きは華やかなエンターテインメント企業として若者の憧れを集めながら、裏では莫大な資金を生み出し、過激な活動の裏付けとしているのでしょう」
よしろうさんは静かに、でも重々しく頷いた。
「そんな⋯⋯じゃあ、あそこにいるアスカくんたちは、ただの利用されている道具だってこと⋯⋯?」
お菊ちゃんが眉をひそめる。
「利用されているのはわかりません。自分たちの目指す『理想郷』のためだと信じ込まされているか、あるいは抜け出せない理由があるのか⋯⋯」
よしろうさんはそう答えた。
ケンケンは固く拳を握りしめ、テーブルを見つめたまま低く呟いた。
「兄さん⋯⋯」
拳を握りしめてうつむくケンケンの手に、私はそっと自分の手を重ねた。
拳の震えが、少しずつ伝わってくる。
「⋯⋯僕の知っている兄さんは、誰かを道具みたいに扱う人じゃなかった。でも、もし本当に兄さんがそんなことをしているなら⋯⋯」
「でもよー、ケンゴ?ってやつの感じ見てると、別に利用されてる感じはなかったじゃないか?自ら進んで組織のためにって感じに見えたぞ?」
海がそう言うと
「彼のもつ、スキルが関係しているかと⋯⋯」
よしろうさんがゆっくりとそう言うと、ケンケンを見つめた。
「兄さんのスキルは治癒では?⋯⋯まさか、兄さんも複数スキルを?⋯⋯関係してるって⋯⋯まさか!兄さんも魅了を?!」
「いいえ、支配や洗脳といった力ではありません」
よしろうさんは静かに首を振った。
「彼が宿したのは⋯⋯ただそこにいるだけで人を惹きつけ、誰もが自主的にひれ伏したくなってしまうような、究極の『人心魅了』のスキルです。恐ろしいのは、命令や強制ではなく、誰もが『自分の意思でこの人に捧げたい』と心から信じ込んでしまう点にあります」
なにそれ?!
「自ら進んで⋯⋯崇めちゃうってこと⋯⋯?」
私が呟くと、よしろうさんは頷いた。
「誰かに操られているからではなく、彼らにとって『絶対的な希望』そのものに見えているからなのです。周囲の傷や痛みを癒やす力に加えて、カリスマ性⋯⋯傷ついた人々にとって彼自身が救世主のような存在になってしまったのでしょう。そして、彼自身も周りに飲み込まれ⋯⋯自らがカリスマであるがゆえ、世界を再構築するという考えになったのではないでしょうか」
よしろうさんは静かに言った。
「強制でも支配でもなく、誰もが自分の意思で彼を信じ、自ら進んで崇めている⋯⋯ってことか⋯⋯」




