敵か味方か
「よーし! そろそろ行こう!」
お菊ちゃんの元気な声で、私たちはさっそく遊園地の園内へ繰り出した。
「ねえまなちゃん! 次はあそこの乗り物いく? カチューシャも買ったし、写真も撮ろうよ〜!」
お菊ちゃんが私の手を引っ張って目を輝かせる。
「あっちの巨大コースターもいいなぁ」
海が嬉しそうに、コースターを見つめる。
と、ピーちゃんが海のおでこをペシペシ叩いた。
『ピー!オレ様ハ !クレープ !ガ!いい!イチゴ 山盛リナ!ピー!』
「ピーちゃん⋯⋯ちょっと落ち着け!食いすぎ!重くなって飛べなくなるぞ!」
と海がツッコみ、周りからドッと笑いが起きる。
「まなみは何に乗りたい?」
ケンケンが私に優しく視線を合わせてくれた。
「んーそうだなぁ」
みんなでくだらないことで言い合いながら、お揃いのカチューシャを選んだり、できたてのポップコーンやクレープを分け合ったり。
お土産を見たり。
風を切るアトラクションに乗って大声をあげて笑っていると、不安な空気も吹き飛んでいくようだった。
「ふふっ、すごく楽しい……!」
私が心から笑うと、海も、お菊ちゃんも、ケンケンも、桜井君も、みんな嬉しそうに顔を見合わせた。
——だけど、お昼過ぎのことだった。
みんなで冷たいジュースを飲みたいねとなって
ケンケンと海が売店へ行き、
桜井君とお菊ちゃんがピーちゃんのご機嫌をとっている時。
私はふと、少し離れた木陰に視線を向けた。
帽子のつばを深くかぶり、大きなマスクをした男の子が一人、ぽつんと立っている。
⋯⋯あれ?
胸がざわついて一歩踏み出したその時⋯⋯
風がふわっと吹いて私の顔を風が撫でる⋯⋯
フワッと男の子の帽子が少し持ち上がった。
「⋯⋯アスカくん⋯⋯?」
⋯⋯間違いない、アスカくんだ。
この風も⋯⋯アスカくんの風だ⋯⋯
私はアスカくんの方向に駆け寄る。
「アスカくん⋯⋯なんでここに?」
アスカくんは私と目が合うと、指先を口元に当てて『しーっ』
とジェスチャーをした。
そして、私にしか聞こえないような声で、ぽつりと呟いた。
私をじっと見つめる。
その目は申し訳なさそうな、寂しそうな⋯⋯そんな目。
「⋯⋯まなみちゃん⋯⋯気をつけて⋯⋯」
え?
「アスカくんそれってどういう⋯⋯?」
私がアスカくんを見つめると、アスカは身を翻し、人混みの中へと消えてしまった。
⋯⋯アスカくん?
「まなみ? どうしたの、そんなところで立ち止まって」
後ろから、ジュースを持った海たちが不思議そうに駆け寄ってくる。
「⋯⋯ううん、なんでもないの」
私は消えていった人混みの奥を見つめながら、小さく呟いた。
『気をつけて⋯⋯』
アスカくんの言葉が頭から離れない。
また、何かあるの?
やっぱりあのライブで終わりなわけないんだ⋯⋯何かを企んでいるの?
「まなみちゃん、顔色がちょっと良くないよ? 大丈夫?」
桜井君が心配そうに覗き込んでくる。
「ううん、大丈夫! 喉が渇いてただけ!」
私はみんなに心配をかけないよう、笑顔でジュースを受け取った。
「まなみちゃん、本当になんでもない? 無理してない?」
桜井君はそう言って、また私の顔を覗き込んでくる。
「うん、ホントに大丈夫! ありがとう。桜井君ありがとう」
私は笑顔を作って冷たいジュースを一口飲んだ。
⋯⋯みんなに言いたい。でも、いま言ったらみんなの楽しそうな時間が壊れちゃうかもしれない。
みんなにも危険が及ぶかもしれない⋯⋯
そう思って、
私は『気をつけて』というアスカくんの言葉を心の中に押し込めた。
それから私たちは、観覧車に乗ったり、お土産屋さんで、お揃いのキーホルダーを買ったり。
遊園地を満喫した。
みんなで笑い合っている時間はすごく楽しくて、一瞬だけ胸のモヤモヤも晴れる気がした。
夕方。
閉園時間が近づき、空が朱色から暗い影に包まれ始めたころ。
「楽しかったねー! まなちゃん、また来ようね!」
お菊ちゃんが嬉しそうに微笑む。
「うん!お土産もたくさん!!楽しかった〜」
みんなで出口へ向かって歩き出した、
その時——
ふと、アスカくんが消えていったあの人混みのあたりから、冷たい視線を感じた。
!!え?
慌ててその方向を見るけど。
⋯⋯誰もいない。
「⋯⋯まなみ、どうかしたか?」
海が私の視線に気づいて振り返る。
「ううん⋯⋯」
私が首を振ると
「うそだ。なんかあったな?」
海は私の腕をつかむ。
海の目は真剣で、もう、誤魔化すことができない⋯⋯
「実はね、さっき、アスカくんに会ったの」
私は皆にさっきの話をした。
「えっ!?」
私の言葉に、お菊ちゃんも海もケンケンも、桜井君も表情を一変させた。
「⋯⋯なんのために⋯⋯」
ケンケンが警戒感をあらわにして前に出る。
「『気をつけて』って言ってたの⋯⋯なんでそんなこと⋯⋯」
何でそんなことを言ったんだろう⋯なんでそんなこと言ったんだろう⋯⋯
「まなみ!いいか?アスカは敵だ。あいつはSKYだ。もしかして、オレたちを陥れようとしているかもしれない」
海が私を見つめハッキリとそう言った。
確かに⋯⋯
申し訳なさそうな目も、全部私たちを油断させるための演技だったとしたら?
でも⋯⋯そうには見えなかったと思う自分もいた⋯⋯
『ピー! まなみ!アスカ ノ ヤツ! 敵ダ! 油断スルナ!! ピー!』
ピーちゃんがそう言って私の肩にとまる。
「くそっ、せっかくの楽しかった一日の最後に現れやがって⋯⋯! 」
海が悔しそうに拳を握りしめ、お菊ちゃんも私の手をキュッと強く握りしめた。
「まなちゃん⋯⋯今はあいつの言葉を鵜呑みにしちゃダメだと思う。何が起こるか分からないんだから。
でもね、これは僕の勘だから当てにならないかもしれないんだけど⋯⋯アスカくんは⋯⋯本当にまなちゃんを心配している気もするんだ⋯⋯」
お菊ちゃんの女の勘は当たる⋯⋯
「お菊ちゃん⋯⋯」
「とにかくね?様子を見よう。絶対に1人で動かないで?」
お菊ちゃんはそう言って私の手をギュっと掴んだ。
あの風の温もりと、去り際のあの瞳。
どうしても、全部が嘘だったとは思いきれなくて、私の胸の奥はぎゅっと冷たく痛んだ。
「⋯⋯うん。ありがとう。気をつけるね」
私はそう呟くことしかできなかった⋯⋯




