支配する力
収録が始まったときから変だったの⋯⋯
あの後、すぐにスタジオに入った。
観覧席の一番よく見える良い席に案内され座る。
「すっげー!目の前だ」
海は驚いた声を上げる。
「んふふふ〜このくらいはね♪この収録は、SKYの特別収録だから、沢山歌を聴けるから!まなちゃん覚えてね♪」
お菊ちゃんは得意顔。
「すごいねぇ〜ミニコンサートみたいなかんじだねぇ。SKYの歌は全部僕の詩なんだよね」
桜井君がニッコリ笑ってそう言う。
えー桜井君すごすぎない?!
「お前!すげーな!!」
海は感心して桜井君を見る。
ほんとに⋯⋯感心しちゃう。
「ねぇ?まなみ?胸に⋯⋯なんか書いてあるけど?」
ふと、ケンケンが不思議そうに私に尋ねる。
え?
「あぁ!これ?家宝だから!」
「ん?」
私の答えにキョトンとした顔のケンケン。
「ケンケン⋯⋯それはほっといてあげて⋯⋯」
お菊ちゃんが首を振ってそう言ったんだけど⋯⋯
なんか失礼ねぇ。
そして、収録が始まる。
司会の人の声で、SKYが出てきた⋯⋯ん⋯⋯だけど⋯⋯
その瞬間⋯⋯
辺りの空気が一瞬変わる⋯⋯
え?
サァーと空間に緊張感が走り⋯⋯
周りにいた人が彼らに釘付けになる。
歓声でも、黄色い声援でもない。
まるで、呼吸することすら忘れてしまったみたいに、会場中の空気がピタッと止まった。
え⋯⋯なに、これ⋯⋯?
ゾクッと背筋に冷たいものが走る。
ステージの中央に立つダイさんが、すっと手を挙げた瞬間——あの楽屋で見えた「モヤ」が、今度はうっすらとスタジオ全体に広がり始めた。
そのモヤが触れた瞬間、観客席の人たちの瞳から一斉に光が消えていく。
みんな、まるで糸で吊るされた人形みたいに、虚ろな目をしてダイさんだけをじっと見つめているのだ。
「海⋯⋯?」
隣に座る海の袖をこっそり引っ張ってみる。
でも、海は返事をしない。いつもなら私の異変に真っ先に気づいて庇ってくれる海が、金縛りにでも遭ったみたいに固まり、ただぼんやりとステージを見つめている。
お菊ちゃんも、桜井君も、みんな、自分の意思を奪われたみたいに動かない。
「⋯⋯まなみ⋯⋯とにかくいまは動かないで!」
突然、腕を強く引っ張られた。
見ると、ケンケンが青ざめた顔で私の手をぎゅっと握りしめていた。
「できる限り目を逸らして。見ちゃダメだ⋯心を⋯⋯持っていかれる⋯⋯!まなみは⋯⋯大丈夫?」
ケンケンの押し殺した声が、恐怖で震えていた。
「え?ケンケン?私は平気⋯⋯でも皆がおかしい⋯⋯」
自分は何ともないけど周りがおかしい。
それはわかる。
「さすがだね。最上級スキルだけある⋯⋯」
「え?」
「今はとにかく周りに合わせて⋯⋯気が付かれてはいけない⋯⋯ものすごい力だ⋯⋯」
ケンケンが囁いた。
その時⋯ダイさんは、観客全員を自分の手のひらの上で転がすように、満足そうにフッと微笑んだ。
その瞬間
『キャぁぁぁぁー!』
あたりが突然!割れるような大歓声!
『SKY!!』
『ダイー!』
『アスカー!』
『ケンゴー!』
会場全体が大歓声に包まれる。
え?!ど、どういうこと?!
観客の目はSKYしか見ていない。誰一人目をそらすことなく⋯⋯
海も立ち上がって声援を送っている。
その場にいる全員の意思も、感情も、何もかもを力づくで奪い取って思い通りにするような——恐ろしい支配の力だった。
これは⋯⋯何?
あ⋯⋯まさか⋯⋯ダイさんの⋯⋯?
私もケンケンも慌てて皆に合わせて立ち上がり同じように手を挙げ歓声を送る。
SKYの歌が始まった⋯⋯
全く頭に入ってこなかった⋯⋯
そのままどれくらい時間が経っただろう。
何曲かの歌が終わると同時に、ダイさんは観客席に向かって深々と、どこか余裕のある笑みを浮かべて一礼した。
その瞬間——
スタジオを覆っていた重苦しい「モヤ」が、ふっと消えた。
「うわぁぁぁ! SKY最高ーっ!!」
「ダイちゃーん!!」
「最高だったー!!」
隣で海が、割れんばかりの拍手をしながら叫んでいる。
お菊ちゃんも桜井君も、まるで最初からそうだったみたいに大興奮で手を叩いていた。
みんな、この違和感なんて、これっぽっちも気づいていない⋯⋯。
私とケンケンは、冷や汗でぐっしょり濡れた手をそっと下ろしながら、大きく息を吐き出した。
「終わったか⋯⋯」
終わったの⋯⋯?
そう思った、次の瞬間だった。
ステージの上で歓声に応えて手を振っていたダイさんの動きが、ぴたりと止まった。
そして——
スーッと、その髪の隙間から覗く美しい瞳が、一直線に私の方を捉えた。
大勢の観客が乱舞する客席の中で。
ダイさんの視線が、正確に、私の目と重なる。
え⋯⋯?
ダイさんはフッと口元を歪めると、私と目が合ったまま、首を少しだけ傾げた。
まるで——「君だけちがうよね?」と、私だけに語りかけているみたいに。
⋯⋯
ゾワッと全身の鳥肌が立った。
「っ⋯⋯」
私は慌てて目をそらす。
ダイさんはそれを見て、満足そうに、でも底知れない微笑みを浮かべたままで、ゆっくりとステージの袖へと消えていった⋯⋯。
いま⋯⋯、私を見てた⋯
「ケンケン⋯⋯ダイさんが、私を見てた⋯⋯」
私がつぶやくと。
「うん⋯⋯」
ケンケンが小さく頷く。
「これって⋯⋯いったい何なの?」
震える体を自分で抱きしめて、ケンケンを見つめる。
「まなみ、落ち着いて、大丈夫だから。まずは、ここを出よう⋯⋯」
私は小さく頷いた。




