動き出した何かは⋯⋯
「まなちゃん、SKYの講義!」
学校が終わると、お菊ちゃんに連れられて、お菊ちゃん行きつけのカフェに。
海と桜井君とケンケンも一緒。
SKYを教えてくれるっていうんだけど⋯⋯。
カフェのケーキの方が魅力的なの♪
カフェメニューを手に取り⋯⋯
「まなちゃん?聞いてる?」
「あ、はーい⋯⋯」
お菊ちゃんは私をジロっと見ると話し続ける。
私は慌ててメニューを置く。
「SKYはほんとすごいんだよ?3人組なの。アスカとケンゴとダイの3人組ね。
アスカとケンゴは僕達と同じ歳。ダイは少し年上でハタチなんだよ。出す曲全てミリオンセラーでさ!ものすごい人気なのね!しかも3人ともイケメン!超絶イケメン!!国民的アイドル!」
はぁ⋯⋯そうなんだ~。
覚えらんないかも。顔分からないし。
でも、そんなこと言うと大変だから、うんうん聞いてる私っ!
お菊ちゃんは話を続ける。
「あとはね!いま一番絶対押さえておかなきゃいけないのは、Qプリなの!」
「きゅーぷり⋯⋯? キュウリの仲間⋯⋯?」
ん?なんかアイドル講習になってる??
私が首をかしげると、お菊ちゃんは
「ちーがーうー!」
カバンからシャキーンと可愛らしいリップグロスを取り出した。
「CUTE PRINCESS! 略してQプリ! ほら、このうちのグループ会社の化粧品部門が出してる『恋する直前リップグロス』のCM! 『恋する直前』ってデビュー曲、絶対聴いたことあるでしょ!?」
んー?
恋⋯⋯
うん?なぁにそれ。
私はポカーンとお菊ちゃんを見る。
「ほら、『目と目があったらぁ〜♪』ってやつだ!?知らないか?」
海が横で口ずさむ。
あぁ!!
「わかった。あれだ!
目と目があったらぁ〜♪
恋は止まらない〜♪
目と目が合ったらぁ〜♪
トキメキ、と、ま、ら、な、い♪
⋯⋯ちょっとぉ。なんで黙ってみんなで見るの?!」
私が慌てて黙り込んでる皆を見ると。
4人は私をポヤンって見てる。
「あー。ごめんつい⋯⋯」
海は頭を搔いてつぶやく。
「まなちゃん本当かわいい。歌もすごいキュート!!ずっと聞いてたかった⋯⋯。
あのね。あとで渡そうと思ったんだけど。これ。『恋する直前リップグロス』の未発売のなんだけど。新作のやつ。まなちゃんに似合うと思って、サンプルもらっといたんだ。」
そう言ってお菊ちゃんは可愛らしいリップグロスを私の手にのせる。
わぁ可愛い。グロスの蓋に可愛いピンクの宝石みたいなチャームがついてる。
「可愛い!ありがとう!」
「うん。絶対に似合うから。つかって?まなちゃんの唇ふわふわだから⋯⋯」
そう言ってお菊ちゃんは私の唇にそっと人差し指を当てる。
えっ?
わ!
びびびびびっくりした!!
ななななに?
「菊さん?ストップ!」
ケンケンがお菊ちゃんの腕を掴んで私の唇から離す。
「ケンケン?あのねぇ。今有利に立ってるって思ってるかもしれないけど。そうはいかないからね!」
お菊ちゃんが挑戦的にケンケンを見ると⋯⋯
「そんなのわかってるよ⋯⋯」
ケンケンはお菊ちゃんを見つめてつぶやいた。
???
何してんの?2人は?
「んもー!その話は後でやって!でも、いいネタもらったから♪ぼくまた詩ができちゃうよ〜。
でもさ、まなみちゃんって歌上手いねぇ〜」
桜井君がそう言ってメモに何かを書く。
『ピー!海はヘタレ!』
海の鞄からピーちゃんの声。
「わかってるよぉ⋯⋯」
海は小さくうなだれた。
ん?海?どうしたの?
と、その時、桜井君が面白そうな声を上げた
「あ、そうそう!その『恋する直前』も、僕が作詞したんだよね〜」
「また桜井君かい!!」
思わずツッコミを入れる海とお菊ちゃん。
本当だよね!
ヒットメーカーすぎるでしょ、桜井君⋯⋯!
もっと大物になる前にサインもらっておく?!
「で、まずさぁ、なんか食べない?ぼくお腹すいた〜この『甘酸っぱい初恋漂う夕暮れケーキ』食べたい〜」
桜井君がそう言ってメニューを見た。
え?!
何それ
海が桜井くんからメニューを取り上げると
「お前⋯⋯メニュー見せてみろ⋯⋯
これか!『チェリーシナモンパイ』だな!?」
「おお!正解!」
チェリーシナモンパイかぁ。
「それもおすすめだけど、チョコレートのもおすすめだよ!」
お菊ちゃんがメニューを指さす。
「へーなら私はそれにしようかなぁ〜」
ひとしきり盛り上がって、みんなの楽しそうな笑顔を見ていたら、アイドルの話は忘れてしまった。
でも⋯⋯あの話は⋯⋯
⋯⋯やっぱり、話しておいた方がいいよね。
「ねえ、みんな⋯⋯実はさ。夢なんだけど⋯⋯」
私が意を決して切り出すと、海もケンケンも、お菊ちゃんも桜井君も、真剣な目をして私を見た。
その瞬間⋯⋯フワっと私たちを優しい風が包む。
あ⋯⋯ケンケンが風の結界を張ってくれたんだ⋯⋯
「さっきの世界史の授業のとき……また、洋館の夢を見たの」
私が話し出すと。
3人は黙って私の顔を見た。
「洋館のよしろうさんが⋯⋯」
私が話を続けると、海が口を挟む。
「ん?よしろう?」
「え?あ、うん。よしろうさんって言うの」
するとピーちゃんが海の鞄から顔を出すと。
『ぴー!ヨッシーってイウンダ!ピー』
「そう、それでね?よしろうさんが言うには⋯⋯何か良くないものが動き出している気配を感じるっていうの⋯⋯気をつけろって⋯⋯」
私がそう言うと、一瞬、重い静寂が包んだ。
「良くないもの、か⋯⋯」
ケンケンがカップを静かに置き、真剣な眼差しで私を見つめる。
「まなみの夢は、ただの夢じゃない。今回も何かの警告だと考えるのが自然だね」
「うん。そうだね⋯⋯」
お菊ちゃんも腕を組んで、いつになく真面目な顔で頷いた。
私の能力は⋯⋯夢。
それがやっぱり関係するのかな⋯⋯
「ママがね。東一族へ戻ってこいって連絡が来たって言ってて⋯⋯」
私がつぶやくと。
「え?そうなのか?!」
海が驚いたように目を見開いた。
「その話は父から聞いたよ。」
ケンケンはそう言って私を見た。
「でも⋯⋯また監視される生活になるのも怖いし。断ったの。」
私がそう下を向いてつぶやくと⋯⋯
「大丈夫。あの後からうちがまなみの後見人になってるから。また、あの時みたいにまなみの力を手に入れようと無茶なことをする者が現れたら守れるように⋯⋯同じようなことが今後起こらないとは限らないから。僕も色々違う方面から調べてみるよ」
ケンケンの堂本家とお菊ちゃんの菊池家が私を守ってくれる。
でも、私の能力は秘密裏にされている。
他には誰にも知られたらいけない。
また⋯⋯よーちゃんの時みたいなことがあったら⋯⋯。
「大丈夫だ。オレもそばにいるし。皆もいるだろ?」
海が、私の頭を優しく撫でる。
海の大きくて温かい手が頭にポンポンと置かれて、胸の奥がじんわり熱くなる。
「海⋯⋯。ありがと⋯⋯」
お菊ちゃんが身を乗り出して海の手をぺしっと押しのけると、
「僕もいるからね?!菊池家だって!まなちゃんを守るから!大丈夫だからね!」
そう言って私の手を握る。
「菊さんは触りすぎだね⋯⋯。大丈夫。そんな心配しないで。皆がいるから。」
ケンケンは私を優しく見つめてほほ笑んだ。
「ふふっ、皆まなみちゃんに夢中だねぇ。でもほんと、夢の警告といい……何か大きな波が来てるのは確かみたいだね。僕も可愛いまなみちゃんのために、裏で色々アンテナ張っておくよ」
桜井君は優しく微笑みながら、一瞬だけチラッと海の横顔を眺めた。
「外からの風が波乱を呼ばないといいんだけど⋯⋯」
桜井君がポソっとつぶやいた⋯⋯
私は何気なく窓から外を見る。
⋯⋯あれ?
こちらを見ている2人がいた。
背の高い黒髪の男の人と小柄な男の人?
私の視線に気がついたのか⋯⋯
え?
次の瞬間⋯⋯
消えた⋯⋯
え?今のは⋯⋯何?
「まなみ?どうした?外に何かあるのか?」
海が窓の外を覗いて私に問いかけた。
「う?ううん。なんでもない。気のせいみたい⋯⋯」
私は少し不思議な感じに思いながら、ボーとしていると。
ケーキが運ばれてきた。
「まなちゃん!ひと息ついて、甘い物たべよう♪始まってもないこと考えても仕方がないよ!」
お菊ちゃんに言われてケーキを見る。
わ!美味しそう。
そうだよね。分からないものに怯えたり、心配をしたりしても仕方がないよね。
「美味しそうなケーキだねぇ。いただきます!」
みんなでフォークを手に取りケーキに手を伸ばす。
甘いパイの香りとさっくりした生地の食感に、さっきまでのザワザワした気持ちが少しずつ溶けていくみたい。
「うん! 美味しい! やっぱりこのチェリーシナモンパイ、正解〜!」
桜井君が幸せそうに目を細めてケーキを口に運ぶ。
「でしょー? ここのパイ、絶品なの!まなちゃん、こっち食べる〜?チーズケーキ!チーズも美味しいよー?」
「うん! 食べる〜!」
お菊ちゃんがフォークで小さくすくってくれたケーキを口へ運ぼうとした、その時。
「あ⋯⋯」
口元に運ぶ手が少し滑って、ケーキの上の生クリームが、私の頬にちょこんとついてしまった。
「あ。まなちゃんついてる! 可愛い〜!」
「まなみ、動かないで。拭いてあげるから——」
お菊ちゃんとケンケンが手を伸ばそうとした瞬間。
スッと横から大きな手が伸びてきて、私の頬を優しく指先で撫でた。
「⋯⋯たく。お前、ほんと危なっかしいな」
「え⋯⋯?」
気がつくと、海がすぐ隣に顔を寄せていた。
海の親指が私の頬のクリームを優しく拭い去る。その指先が触れた部分から、熱がカッと顔中に広がっていくのが分かった。
海の顔が、信じられないくらい近い。
まっすぐ私を見つめる海の瞳は、さっきピーちゃんに弄られて赤くなっていた時とはまるで別人で⋯⋯息が止まりそうになるくらい、男らしく⋯⋯
「不安なことがあったら、隠すなよ。俺がずっと隣にいるんだから」
みんなには聞こえないくらいの低い声で、海の口元が私の耳元で囁く。
「!⋯っ!!」
えっ!
私の顔は一瞬でリンゴみたいに真っ赤になって、手にしたフォークを落としそうになった。
な、な、なになに今の!? 海、急に!?
私が驚いて海を見つめる。
と、お菊ちゃんが目を丸くして身を乗り出す。
「海⋯⋯君?さらっと何してるのかな?」
その隣でケンケンが笑顔のまま、海をジロリと睨みつける。
「な、なんだよ。まなみの顔にクリームがついてたから拭いただけだ。」
海はそっぽを向いて頭をポリポリ掻いている。
『ピー! 海、カッコツケタ! 照レテル! ピー!』
鞄の中からピーちゃんがちゃっかり突っ込むと、海は「うるせぇ!」
とピーちゃんに言い返した。
「ふふっ……海くんも、やる時はやるんだねぇ」
桜井君が楽しそうにクスッと笑いながら、海の横顔を優しい目で見つめていた。
私は真っ赤な顔のまま、自分のケーキを口に運んだ。
外の異様な気配も、迫り来る闇の予感も、胸の奥のモヤモヤも。
海のその温かい指先の感触だけで、なんだか全部吹き飛んじゃった⋯⋯




