終わりを止めに⋯⋯②
「ここは⋯⋯」
目の前に広がるのは⋯⋯
天井が高く、静まり返った豪華な部屋。
部屋の壁には美しい彫刻が施されていて、足元にはフカフカの大きな絨毯が敷き詰められている。
部屋の奥にある大きな窓からは柔らかい光が差し込んでいるけれど、そこには生活感がまったくなくて、まるで時間が止まってしまったかのように冷たい空気が漂っている。
ここ⋯⋯
私はあたりを見回す⋯⋯
お菊ちゃんたち⋯⋯大丈夫かな。
夢の館を出る前のことを思い出す⋯⋯
⋯⋯
私達はあれから⋯⋯
「え?!これから乗り込むっていうのに、僕と桜井くんはお留守番?!」
お菊ちゃんが大声を出す。
「仕方のないことでございます」
よしろうさんがお菊ちゃんを見る。
「あなたがた二人は⋯⋯カリスマの力⋯⋯たとえば、吐息を聞くだけで、落ちてしまうでしょう⋯⋯。それくらい相手は格上だと、お思いください。」
お菊ちゃんは悔しそうに唇を噛む。
「でも!足手まといにならないようにするから!」
お菊ちゃんがそう言ってよしろうさんをみる。
「まなみ様に危険が及ばないようにするためには。お2人を連れて行くことは賛成しかねます。お2人を守るためにまなみ様がおケガをするようなことになりかねません」
はっきりとよしろうさんはお菊ちゃんと桜井君に言うと。
「まなみ様⋯⋯ケンケン様、海様とお向かいになってください」
そう言って私を見た。
私はお菊ちゃんを見る
「お菊ちゃん。ごめん。危険があるから。カリスマに耐性がないと危険だから⋯⋯」
お菊ちゃんは悲しそうに私を見る。
「まなちゃん!僕!まなちゃんのそばにいたい!まなちゃんになにかあったら⋯⋯」
お菊ちゃんはそう言うと、私に駆け寄り、私を抱きしめる。
「お菊ちゃん!私は、お菊ちゃんも大切⋯⋯だから分かってほしい」
私はお菊ちゃんを抱きしめ返した。
「お菊ちゃん。ぼく達は、ぼく達でできることをしよう」
桜井君がお菊ちゃんの後ろでそういって微笑む。
私とケンケン、海と
群衆の向かう場所へ行くことになった⋯⋯⋯
夢の館から
堂本さんの元を思い浮かべ
扉に手をかける。
「まなみ様⋯⋯お気をつけて。おふたりは、まなみ様が大切に思っている方々なので。私が責任を持ってお預かりいたします」
よしろうさんに見送られて
扉を開けた
⋯⋯
⋯⋯
「ここにいるの?」
豪華な部屋の静寂の中に、私の呟きがぽつんと落ちる。
部屋の中央、大きな絨毯の上に一歩踏み出した。
どこか浮世離れした静けさ。
壁に並ぶ金色の装飾や、天井から吊り下げられた大きなシャンデリアが、外の大混乱とは切り離された別の世界みたいに輝いている。
でも⋯⋯そこに温もりは欠片もない。
「⋯⋯あそこだ」
海の低く引き締まった声にハッとして、視線を奥へ巡らせる。
部屋のいちばん奥。
豪奢で大きなベッド。
小さな影がみえる。
ベッドに腰掛ける影が⋯⋯
「⋯⋯兄さん」
ケンケンが掠れた声で呟き、吸い寄せられるようにゆっくりと歩き出す。
ベッドに近づくにつれて、胸がキュッと締め付けられた。
あの圧倒的な存在感。
世界を揺るがすような恐ろしいほどの力強い声。
それが嘘だったみたいにベッドに腰掛ける堂本さんは、あまりにも小さくて、頼りなく見えた。
血の気が完全に引いた真っ白な肌。
ピクリとも動かない体と、かすかに、今にも途切れそうに上下する胸元。
私はぎゅっと胸の前で手を握りしめた。
こ、こんなになるまで⋯⋯なんで⋯⋯
「堂本さん!」
私は堂本さんの元へ駆け出していた。
「⋯⋯ま⋯⋯まなみちゃん?なんでここに⋯⋯君は⋯⋯ここは危険だ⋯⋯」
目を見開いて私を見つめる堂本さん。
「兄さん⋯⋯」
私の後ろからケンケンの声が響く
その声を聞いて、堂本さんは一瞬目を閉じる
「⋯⋯兄さん?誰だい?君は⋯⋯」
堂本さんはケンケンの方も見向きもせず、そうつぶやいた。
その後は私に視線をもどす。
「なぜ、また来たんだ?」
生気がない白い顔。
まるでこのまま消えてしまいそうなほど⋯⋯細くて儚い⋯⋯
「もうこんなことはやめて!」
私は堂本さんの目の前に立つ。
堂本さんは、乾いた唇をかすかに動かして、寂し気な笑みを浮かべた。
「やめる⋯⋯? 何をだい、まなみちゃん」
「分かってるんでしょ!? 自分の体がもう限界だってことくらい! これ以上力を使ったら⋯⋯堂本さんが死んじゃうよ!」
叫ぶ私の言葉に、堂本さんはゆっくりと首を横に振る。
微動だにせずベッドに腰掛けたまま、その瞳だけが静かに私を見つめていた。
「死ぬ⋯⋯か。構わないさ。世界を変えるための代償なら、この命ひとつなど安いものだ。違うかい?」
どうして⋯⋯そんなことを言うの⋯⋯?
「安くなんか⋯⋯安くなんかないよ! 命を削ってまで世界を変えたって、堂本さんがいなくなったら意味なんてないじゃない!堂本さんも本当は分かっているんでしょ?」
私の叫びが、静まり返った豪華な部屋に虚しく響き渡る。
「意味はあるさ。まなみちゃん⋯⋯生まれながらの肩書や血筋だけで、人の価値が決まってしまうようなこの歪んだ世界を、壊すんだ。誰もが平等に生きられる世界を創る⋯⋯そのためなら、私は喜んで悪魔にでもなる」
淡々と語る堂本さんの声には、迷いも、恐れもなかった。
でもその声は震えていた⋯そんな
もっと他にやり方はあったはずなのに⋯⋯
自分の命が尽きかけていることすら、まるですべて計算のうちであるかのように⋯⋯
「だからって! こんな強引なやり方、間違ってる! みんなを恐怖や力で縛り付けたって、本当の平和なんか来ないよ!」
「⋯⋯君は、優しいね」
堂本さんはぽつりと呟くと、弱々しく息を吐き出した。
「だがね、まなみちゃん。優しさだけでは、何も変わらないんだよ。誰かが泥をかぶり、命を燃やして道を切り拓かなければならない」
「兄さん!!」
耐えかねたように、後ろからケンケンが踏み出した。
「いい加減にしろよ! 周りが見えてないのは兄さんの方だ!」
ケンケンの叫びが部屋に響く。
けれど、堂本さんは顔を上げようともせず、ただ冷ややかに視線を落としたままだ。
「⋯⋯しつこい人だね。君はだれだい?」
⋯⋯一瞬。
本当にほんの一瞬だけ、堂本さんの眉がピクリと動いたように見えた。
けれど次の瞬間には、再び元の仮面のような無表情に戻ってしまう。
「さあ⋯⋯早くここから去りなさい。ここから先は、私の最後の舞台だ」




