能力の代償⋯⋯
『ピー!ドウダッタ?ピー!』
戻ってきた私の肩にピーちゃんが止まる。
「⋯⋯話せなかったよ⋯⋯はぐらかされた感じ」
私が呟くとピーちゃんは飛び上がって私の前でパタパタとする。
『ピー!もう仕方ガナイ!気ニスルナ!ピー!』
「ありがとう、ピーちゃん⋯⋯」
パタパタと飛び回るピーちゃんを手のひらでそっと受け止めると、羽のぬくもりが伝わってきて、強ばっていた胸の奥が少しだけ軽くなった。
⋯⋯時間がないって言ってた⋯⋯
何でなんだろう⋯⋯
制限があるの?
私が考え込んでいると
「まなみ様?」
よしろうさんが心配そうに私を見る
「あっ⋯⋯ううん、大丈夫です。ちょっと、夢の中で堂本さんと話してて気になることが⋯⋯」
よしろうさんの表情が、一瞬で険しく引き締まる。
「何か言っておりましたか?」
「それが⋯⋯『僕には時間がない』って。焦ってるみたいだった。いったい何に焦っていたんだろうって」
私の言葉に、よしろうさんは何かを思い当たるように、顎に手を当てて静かに思索を巡らせ始めた——。
「焦り⋯⋯ですか⋯⋯」
よしろうさんはそう呟やいて私を見る
「強力すぎるスキルには、時として相応の『代償』や『制限』が伴うものもございます。もし堂本新一が焦っているのだとすれば、彼の企みそのものに期限があるか、あるいは彼自身の身体に限界が近づいているか⋯⋯」
ハッとして息をのむ私に、よしろうさんは優しく、淋しげな笑みを浮かべる。
「それって⋯⋯どういうことですか?」
よしろうさんは悲しそうに答える
「持って生まれたスキルは、体や心に合ったスキルです。その人が生まれながらに持っているもの。しかし⋯⋯堂本新一のようにあとから生まれた⋯⋯後天的なスキルは⋯⋯体に合わないものも多く。使い方によっては命を削るものもございます。そのため、後天的に生まれたスキルは使い方に気をつけなければならないのです」
そうなんだ⋯⋯
「じゃぁ、ケンケンも気をつけなければいけないのかな⋯⋯」
たしかケンケンも後から風のスキルがって言っていた⋯⋯
「そうですね⋯⋯」
よしろうさんは静かに頷いた。
じゃあ、堂本さんが⋯⋯カリスマの能力を使いすぎて、命を削っているのだとしたら⋯⋯
あのひんやりとした指先⋯⋯
切なげな自嘲の笑み⋯⋯
全部そのせいだったの?
歪んだ世界を変えたいという気持ちは、私もわかる。
生まれやスキルの有無で不当に縛られるこの社会を、野放しにしていいわけがない。
だけど——洗脳や力で強引にねじ伏せるやり方は、絶対に間違ってる。
人々の心を奪って支配するなんて、結局、今とやってることは何も変わらないじゃない!!
「⋯⋯まなみ様。どのような事情があろうと、あの男が危険な企みを抱いていることに変わりはありません。今夜はどうかお心を休めてください。」
よしろうさんはそう優しく微笑んだ
「⋯⋯はい。ありがとうございます、よしろうさん」
『ピー!まなみ!帰ロウ!ピー!』
ピーちゃんのその声を聞いて、私はゆっくり頷いた。
目の前の扉を開ける。
そこは
自分の部屋の中だった⋯⋯
「とても眠い⋯⋯」
私はそのまま倒れ込むようにベッドに横になる。
⋯⋯
「時間がない⋯⋯急がないと⋯⋯」
声が聞こえる。
目を開けたくても開けられない⋯⋯
だれ?
誰かいるの?
だれなの?
⋯⋯
「誰?」
声を出した瞬間、目が開く。
ここ⋯⋯
「え?!」
また!!
私は静まり返った夢の書斎にいた⋯⋯
「また来ちゃったの?」
後ろから声をかけられて振り返る。
「堂本さん⋯⋯」
「まだ、話したりなかったかな?それとも⋯⋯僕の都合のいい夢かなあ?」
堂本さんは私に近づくと、そっと私の頬に触れる。
「堂本さん⋯⋯急いでいるのは体調が?」
恐る恐る聞くと⋯⋯
「ん?何の話?」
堂本さんは微笑む。
「まなみちゃん⋯⋯こんなに遅くに会いに来るのは、何かまだ話したいことがあるのかな?」
「堂本さん⋯⋯もうごまかさないでください!命を削ってそんなに力を使い続けないで!」
私の言葉に堂本さんは驚いたように目を見開く。
「何の話かわからないけど?」
そう言って私から目をそらす。
「堂本さん。この世の中を変えたいことは、理解できる。私もそう思う。能力格差の社会。生まれながらの能力で人生が決まってしまう社会。こんなのおかしいって思う」
私は堂本さんを見つめる。
「だから、この世の中を変えたいって、私も思う」
「まなみちゃん!」
堂本さんは私の言葉を聞いて私の肩を掴み、そして、優しく私を抱きしめた
「まなみちゃん!じゃぁ、僕と協力をしてくれるってことかな?」
強い力⋯⋯
私は堂本さんの腕を振りほどく
「でも。支配は、今の世の中でやってることと同じこと!あなたの力を使って、他人の意思を関係なく従わせるのは、いまの世の中とやっていることは変わらないわ!」
堂本さんの瞳が悲しく揺れる⋯⋯
絞り出すようにささやく
「そんなの⋯⋯わかっているよ⋯⋯」
え?
「堂本さん?」
絞り出すような堂本さんの呟きが、書斎の静寂に重く響く。
彼の瞳には、どこまでも深く悲しい影が落ちていた。
その瞳に胸が強く締め付けられる。
「堂本さん⋯⋯っ!」
私が手を伸ばそうとしたその瞬間、彼の身体がゆらりと揺れた。
視界が急激に歪み、書斎の景色が砂のように崩れ始めていく。
堂本さんは力なく微笑むと、私の差し出した手にそっと触れるか触れないかの距離で、最後の力を振り絞るように呟いた。
「まなみちゃん。僕には⋯⋯君の言うように、正しく変わる世界を見たかった。でもね⋯⋯だから⋯⋯」
言葉の終わりは、崩壊する空間の音にかき消されていく。
「待って!堂本さん!」
伸ばした指先は虚しく空を切り、意識が一気に底へと引きずり降ろされた。
⋯⋯。
「っ⋯⋯!」
ガバッと体を起こすと、見慣れた自分の部屋の天井が目に入った。
朝の澄んだ光が、窓から静かに差し込んでいる。
荒い息を整えながら自分の手を見つめる。
あの冷たい感触と、堂本さんの最後の言葉だけが、胸の奥に残っていた。




