規定
カウントゼロから三ヶ月が経過しても、空からの「ダウンロード」は続いていた。
ブライアンの古いセダンは、かつて見向きもされなかった赤茶けたゲートの前で停止した。銃を提げた兵士に、彼は首から下げたプラスチックのIDカードを気だるく提示する。この施設で働き始めて数年、彼自身、つい三ヶ月前まで自分がこんな仰々しいパスを持っていたことすら知らなかった。
プレハブ棟の内部は、もはや本来の研究室とは呼べない異質な空間に変貌していた。
もともと乱雑だったフロアの半分は、増設された黒いコンソールと、それを監視する情報局のスーツ組によって完全に占拠され、官僚的な息苦しさが上書きされている。唯一の慰めは、屋外に自動販売機が設置されたことだ。おかげでブライアンは、マグカップ洗浄という苦行から解放されていた。
彼が紙コップ片手に自分のデスクへ向かうと、リンが血走った目を輝かせて駆け寄ってきた。彼女の徹夜は、もはや慢性的な病のようになっていた。
「聞いた? ドイツの言語学と暗号解析の合同チームが、あるデータブロックの一部を解読したそうよ――彼らはそれをReadmeと呼んでるわ。」
ブライアンは紙コップの縁から立ち上る湯気越しに、彼女を見た。
「Readme? 何が書かれていたんだ。」
「二進数の素数を用いた数字の対応表から始まって、元素の周期表、それを基準にした度量衡の定義が順を追って記述されていると発表があったわ。」
ブライアンは低く口笛を吹いた。
「なるほど。これで相手が我々と同じように物理法則を認識していて、明確な意図を持って情報を電波に乗せたのは確定か。」
「続く部分には、ブール代数が定義されているとみて解読を進めているそうよ。基礎的な数学と物理学の共通言語と、構文規則を提示してるのよ。」
全く異なる進化を遂げた異種文明同士がファーストコンタクトを果たす場合、「数学」と「物理法則」は普遍的な共通言語になると考えられる。水素の陽子数はどの銀河でも一つであり、彼らが何進数を用いていようと、素数の数学的性質は不変だ。
さらにドイツのチームが予想しているように、ブール代数、すなわち論理演算の定義が含まれていれば、未知のファイルを展開・実行するためのコンパイラを構築できる可能性が生まれる。
論理積のAND、論理和のOR、論理否定のNOTといった論理演算が定義されれば、AならばB、CとDが揃えば真、といった明確な構文規則が確立するからだ。
「本当ならいよいよ大事件だな。」
背後から、手元のタブレットに目を落としたままウィリアムが会話に加わった。
「だが、私はまだ疑っている。冷静さを欠いた、答えありきのバイアスによる妄想なんじゃないかとな。ただのノイズの羅列から、自分たちの見たい法則を無理やり見つけ出しただけかもしれない。さあ、私たちも査読に参加しよう。」
ウィリアムの言葉とは裏腹に、間もなく論理演算部分の解読も完了した。世界中の研究機関がこぞって検証に乗り出し、その「Readme」の存在と解読結果がいよいよ揺るぎない真実味を帯びてきた、その矢先のことだった。
ある朝、ブライアンがいつものように赤茶けたゲートで車を停め、窓からIDカードを提示したとき、無表情な兵士は彼にカードを突き返した。
「あなたは本日付で異動になりました。」
兵士の声には何の感情も混じっていなかった。「この施設への立ち入り権限は失効しています。詳細はご自身のメールを確認してください。直ちに車をUターンさせ、退去を。」
ブライアンはハンドルを握ったまま、バックミラー越しに、遠く荒野に屹立する巨大なパラボラアンテナを見上げた。
彼らの手には負えないほど事態のスケールが膨張し、国家というシステムがすべての権利を簒奪しに来たのだ。彼がこの人類史上最大のプロジェクトに関わる日々は、極めて事務的に、あっけなく終わりを告げた。




