失効
ブライアンは新たな出向先へ向かう代わりに、国道沿いにある、塗装の剥げかけた安ダイナーに車を滑り込ませた。
樹脂製のテーブルは少しベタついていたが、それほど悪い場所でもない。砂埃の舞う単調な道路と、陽炎に揺れる看板をガラス越しに眺めながら、早めのランチを取ることにした。手元の端末は、リンからの着信を告げる振動を数分おきに繰り返しているが、彼はそれを画面ごと伏せた。
食後に運ばれてきた、完全に煮詰まったコーヒーをすすった。ふと、研究室に残してきた、あの汚れがこびりついたマグカップを思い出す。あれは研究所に置いた唯一の私物だったが、もう二度と手にすることはないだろう。
端末の画面にウィリアムの名が浮かび、ブライアンは数秒の逡巡のあと、通話ボタンを押した。
「……すまなかった。」
重苦しい沈黙のあと、ウィリアムの声が低く響いた。
「なに、あんたが気にすることじゃない。」ブライアンはコーヒーを飲み込み、えぐ味に顔を顰めた。「むしろ判断が遅かったくらいだ。俺が国家機密の管理者にふさわしくないなんてことは、ゲートの警備員でも知っている。」
「……いずれ知れ渡ることだから、これだけは伝えておこう。Readmeの最後の一文が解読されたよ。そこには、責任を負う者だけが受け取れる、と記されていたそうだ。」
「なるほど。」ブライアンは鼻で笑った。「宇宙人からのプレゼント説が濃厚になってきたわけか。そりゃ頭でっかちな連中は、部外者を排除してお仲間だけで山分けしようとするだろうな。」
「そのお仲間に、選ばれし者のみが触れよ、されば与えられん。と独自の解釈で報告した学者がいたが、思想が過ぎると、今朝更迭されたよ。」
「なかなかセンスのある奴じゃないか。退職して小説家を目指すといい。」
「……まあ、そういうわけだ。受信され続けるデータには世界中がアクセスしているし、いずれは有志による解読がオープンなものになるだろう。それまでには君を呼び戻せるよう手を尽くすから、連絡は取れるようにしておいてくれ。」
「買いかぶりだ。まあ、期待せずに待たせてもらうよ。」
「約束だ。それから……リンからの電話には、しばらく出ない方がいい。」
「どうしてだ?」
「今回の配置換えに怒り狂って、手が付けられない状態だ。彼女には落ち着く時間が必要だよ。」
ウィリアムとの会話の間も、ブライアンの耳元では割り込み着信を告げる通知音が、警告のように鳴り続けていた。




