仮説
リンは小さく頷き、キーボードを叩いた。昨晩のログからLIDARの生波形データを呼び出し、周波数解析のスクリプトを走らせた。
メインモニターに、時間軸に対する反射光の位相シフトと周波数の変動を示す新たなグラフが再描画されていく。波形が左から右へと展開される数秒間、部屋には空調の低い稼働音だけが響いていた。
「……不規則なブレはありません。」リンの声が微かに上ずった。「対象は無秩序な自転をしていない。」
ブライアンが息を吐き出した。「三軸とも完全に安定してるな。自然物にしては出来すぎてる。お前の勝ちかもしれないぞ、リン。」
ウィリアムがモニターに顔を近づけ、目を細めた。「スケールを最大まで拡大してみてほしい。」
リンが数回キーを叩き、グラフを限界まで拡大する。
モニターに映し出されたのは、地球の自転に伴う緩やかな波長のズレや、大気の揺らぎによる位相のノイズが一切存在しない、定規で引いたように恐ろしいほど真っ直ぐな線だった。
「妙だな。」ブライアンが信じられないものを見るように呟いた。
「何が妙だ、ブライアン。」ウィリアムが視線をモニターに固定したまま問いかけた。
「フラットすぎる。レーザーの原波形と、寸分違わず一致しているんだ。何より、シグナルの減衰がまったくない。」
カイパーベルトまでの長大な距離を考えれば、物理現象として、照射されたLIDARのエネルギーは拡散し、帰還する頃には背景ノイズに埋もれるほど微弱になる。さらに、往復で二度の大気圏通過は、波形を乱雑に歪ませるはずだった。
だが、モニターに映る波形には、それら一切の干渉が存在しなかった。まるで発信時のレーザーが、そのままの強度で鏡に反射して戻ってきたかのような、不気味なまでの純粋さだった。
「確かに妙だな。このケースが起こりうる現象は考えられるか?」ウィリアムがさらに問う。
「ただの反射じゃなければ。」ブライアンが静かに答える。「入射した光の進行方向を正確に逆向きにし、波面を元通りに再構成する特殊な光学素子があったはずだ。」
「なるほど、位相共役反射か。」ウィリアムが呟いた。
波面を反転させ、来た経路を完全に逆行させる位相共役鏡の特性なら、大気による歪みを相殺して原波形を復元できる。
「待ってください、距離がおかしいです。位相共役鏡の受動反射だとしたら、こんな鮮明な波形が地球まで届くはずありません。」
即座に物理的な矛盾を突いたリンは、自らの言葉にはたと気づく。
「まさか、これはパッシブじゃなくて、アクティブ……?」
ウィリアムがたしなめる。「また飛躍しているぞ、リン。仮にアクティブなシステムだとして、光を増幅して撃ち返すための莫大なエネルギーはどうする?」
「いや、エネルギーならある。」
ブライアンの言葉に、二人が同時に顔を上げた。




