原罪
翌日、今度はケイトがガラスの前に進み出た。
彼女は手元のタブレットに視線を落とすことなく、真っ直ぐに異星の知性体を見据えた。
「ハイ、ラルフ。私からは少しマクロな質問をさせてちょうだい。」
『やあ、ケイト。お手柔らかに頼むよ。』
ラルフの陽気な声がスピーカーを通って部屋に響く。
「観測レーザーを知性の条件にしたのだから、あなたの種族も、宇宙の広範囲を観測、あるいは探索しているはずよね。この宇宙に、我々とあなたたち以外で、現在進行形で文明を築き、意思疎通が可能な種族はいるのかしら?」
『文明の痕跡らしき物が見つかったことならある。』ラルフは鼻先を掻きながら答えた。『恒星系に漂うデブリの帯や、組成や軌道が不自然な天体とか。だけど、活動中で言葉を交わせる相手となると、少なくとも俺たちが観測した範囲にはいなかったよ。』
「そう……。」ケイトは微かに目を伏せた。「フェルミのパラドックスに対する悲観的な答えの一つね。文明は一定の技術水準に達すると、外的要因によらず、自らを滅ぼしてしまう、大いなるフィルターを越えられないという説があるの。」
『ふむ。君は、そのフィルターの正体は何だと思う?』
「あら、あなたからの質問は想定外だったわ。そうね、例えば核エネルギーかしら。」ケイトは厳粛なトーンで答えた。「テクノロジーの発展は、倫理や精神の成熟よりも常に早い。ひとつの種族が、自らの星を丸ごと砕くほどのエネルギーを手にした時、些細な対立や行き違いからそれを使用してしまい、自滅する。……文明の崩壊シナリオとしては比較的ありそうな話じゃないかしら。」
ガラス越しに、ラルフが深く頷くような仕草を見せた。
『確かに、莫大なエネルギーの獲得は諸刃の剣だからね。強大な力は、ほんの些細なきっかけで制御不能に陥る。実を言うと……俺たちの星も、一度それで完全に滅びかけたことがあるんだ。』
人類をはるかに凌ぐ高度な文明が、エネルギーの暴走で自滅の危機に直面したという証言。
ケイトは逸る学術的好奇心を抑え、努めて冷静な声でラルフに尋ねた。
「……あなたの星で、全面的な核戦争が起きたと?」
『いや。』
ラルフは、ガラスの向こうで表情を変えずに答えた。
『住民全員で、同時にドライヤーを使ったんだ。』
ケイトは数秒間、瞬きすら忘れて目の前の異星人を見つめた。
高度なメタファーなのか単なる誤謬か、彼女の優秀な頭脳は必死に意味を検索し、やがて、辛うじて理性を保てる仮説を絞り出した。
「……あなたの星には、ドライヤーと言う兵器があるの?」
ケイトの震える声が、静寂の部屋に響く。
『いや、単なるヘアドライヤーだ。みんながいっせいにドライヤーをコンセントに挿したんだ。そしたら星の電力網がショートして、地殻のエネルギーシールドが吹き飛んだんだよ。危うく星ごと真っ二つになるところだったんだぜ。』
「ドライヤー……。」
ケイトはなんとか保った理性を手放し、ただ単語を反芻した。
『ああ。莫大なエネルギーは諸刃の剣だって言ったろう。』
「……ありがとう、ラルフ。少し、考える時間を頂戴。」
ケイトは完全に機能停止したまま、フラフラと足取りもおぼつかなく隔離室を後にして去っていった。




