原動
ローテーションの最後、ブライアンが隔離室の分厚い扉をくぐった。
しかし、足を踏み入れた瞬間、何か決定的な違和感があった。
部屋の半分を区切る分厚いガラスの向こう側を覗き込む。昨日までそこに鎮座していたはずの、ツチブタのような茶色い塊の姿が、どこにもない。
彼は瞬時に背後のコンソールへ振り返った。
「……おい。」
ブライアンの全身の血の気が引いた。非常警報の赤いボタンに手を伸ばす。
「よお、ブライアン。」
スピーカー越しに何度も聞いた、陽気な声だ。
そこには、コンソールの脇に置かれたキャスター付きの事務椅子にふんぞり返るラルフの姿があった。
ガラスの「こちら側」だ。
「……お前……どうやってそこに……。」
ブライアンは警報ボタンに手をかざし、警戒心を最大に引き上げた。ガラスの扉には、この施設で最高レベルの生体認証と物理ロックが何重にも掛けられているはずだった。
「開けられそうだったから、開けたんだ。」
ラルフは短い前脚で、事もなげにガラスの扉を指差した。その錠前部分は、物理的に破壊された形跡もなく、正しい手順で開けられたように見える。
「……正気か。自分がどうなるか考えなかったのか。」
ブライアンは低く呻いた。
「もしかして、出たらまずかった?」
ラルフは少しだけ首をすくめるような仕草を見せた。
「だとしたら悪かったよ。別に、逃げる気はないんだ。俺は争いごとが好きじゃないし、君たちに危害を加えるつもりもない。」
ブライアンは、椅子に座って足をぶらつかせている毛むくじゃらの宇宙人を見つめ続けた。
数秒の沈黙のあと、彼は警報ボタンからゆっくりと手を下ろした。大きく息を吐き出し、乱暴に頭を掻く。
「……俺たちが厳重に閉じ込めていたつもりなだけで、お前は出ようと思えばいつでもそこを出ることができたんだな。」
ブライアンは呆れたように肩をすくめた。
「逃げる気がないのは分かった。ただ、そんな簡単に出られるにも関わらず、なんでまた大人しく閉じ込められてたんだ?」
「テレビのチャンネル権が俺にあるからね。ここは案外、悪くない場所だよ。」
「そうかよ。」ブライアンは乾いた笑いを漏らした。「で? 逃げないにしても、ガラスを越えてこちら側にやってきたのには、何か理由があるんだろ。どうしたいんだ?」
ラルフはツチブタのような鼻先をピクピクと動かし、少し考えるように首を傾げた。
「特に考えがあったわけじゃないけど、そうだな……。」
彼は、何事でもないかのように、あっけらかんと言った。
「君の家に行ってみたい。あとはテレビで見た、あの猫ってやつは美味そうだ。」
ブライアンは、再び黙り込んだ。
頭の中に、国道沿いの寂れたダイナーと、煮詰まったコーヒー、そして砂埃にまみれた自分の古いセダンのビジョンが浮かんだ。あの車の助手席に、この毛むくじゃらの異星人を乗せて走る自分を想像する。
ウィリアムのレポートによれば、目の前の異星人は言っていたはずだ。ルールを破る者がいるから知性が発展すると。
「……オーケイ、ただし猫を食べるのはダメだ。」
ブライアンはそう呟くと、重い扉のロックを解除し、自ら先に立って歩き出した。
Looking for Lucky は、テレビドラマ「アルフ」第三話、「みんな猫が好き」のサブタイトルです。




