原則
次にラルフと対話したのはウィリアムだった。
純白の隔離室。分厚いガラスを隔てて、ウィリアムは手元のタブレットから視線を上げ、毛むくじゃらの「異星人」を見つめた。
「……ターティコフ氏が、この莫大な維持費と君の出力プロセスに投資し続ける理由の一つだが。」ウィリアムは静かに切り出した。「君が構成されたプロセスを用いた、意識の延長……つまり、実質的な永遠の命が可能かどうかを検証しようとしているんだ。」
「もちろん、彼自身も九割九分は不可能だと考えているようだがね。」
『その一分の望みも絶望的だ、と伝えておいてくれ。』
ラルフはツチブタのような鼻先を掻きながら、あっさりと答えた。
『俺はコピーであって、そこに意識の連続性は存在しない。俺は知識としてオリジンの経験を思い出すことができるが、今ここで俺が感じていることを、光年スケールで離れたオリジンが知る術はないんだ。ターティコフがこの3Dプリンターで自分の寿命を延ばそうとしているなら、無駄な投資だよ。』
「やはりそうか。」ウィリアムは小さく息を吐いた。「だが、奇妙なものだな。物理的な連続性がないことは理屈では解るのに、目の前の君を見ていると、もしかして、そこにはオリジナルの本質が宿っているのではないかと考えてしまう私がいる。」
『魂ってやつか?』ラルフは首を傾げた。『少なくとも俺たちはそんなもの観測したことはないし、ましてやデータ化したつもりも無い。この星のテレビドラマを観るまで概念すら持っていなかったよ。』
「人類がその、魂のような非論理的な概念を捨て去り、もっと合理的であれば……君たちのように、より高次なステップへ進歩できるのかもしれないな。」
『ウィリー、それは違う。』
ラルフは短い前脚を組み、ガラスの向こうからウィリアムを真っ直ぐに見据えた。
『君たちや俺たちが動物から、いわゆる知的生命体になった決定的な理由は何だと思う?』
「……言語の獲得による高度な理性か。あるいは、未知を知ろうとする好奇心か?」
『どちらも違う。好奇心は少し近いが、本質じゃない。』ラルフは鼻を鳴らした。『答えは他者の否定、反抗だ。野生は逆らわない。』
「反抗?」ウィリアムは眉をひそめた。「もう少し分かりやすく説明してくれ。」
『察しが悪いな。』ラルフは少し間を開けて続けた。『環境の制約や、やっちゃ駄目だと言われたことに逆らう連中が知性を発展させるんだ。それが好奇心として顕在化することもあるだろうし、新たなルールを作ることが理性的に見えることもあるだろう。でも、そもそもルールを破るやつがいるから、新しいルールが生まれるんだろ?』
「なるほど、非論理的な行動が文明形成を促した……と。」
『例えば、君たちの祖先が、決して越えられない激流や、致死的な吹雪の吹き荒れる雪山という境界、ルールの果てに直面したとしよう。野生の獣ならどうする?』
「……引き返す。あるいは、その環境の境界内で生きられるよう、何万年もかけて肉体を適応させるだろうな。」
『その通り。野生は環境という絶対のルールに逆らわない。そこが世界の果てだと言われれば、それに従うんだ。』
ラルフは短い前脚で、空中に見えない境界線を引くような仕草をした。
『だが、君たちの祖先には言う事を聞かない連中がいたはずだ。あっちへ行ったら死ぬぞという同族の警告や、自然の摂理そのものに反抗するはみ出し者だ。彼らは己の肉体がその環境に適応していない事実すら無視して、理不尽な境界を越えようとする。』
ウィリアムは目の前の毛むくじゃらの異星人を見つめた。
「確かに完全に合理的であれば、既知の安全戦略を取り続けるはずだ。その無謀な反抗を成立させるために、舟や防寒具を生み出した、ということか。」
『その通り。テクノロジーってやつは、反抗の物質化なんだよ。』
「制約に対する心理的反発が、結果として種の生存領域を拡張してきたということか。」ウィリアムは顎を撫でた。「より反抗的な種族ほど、より工夫し進歩すると。」
『俺たちの世界にも、倫理や道徳という考えはある。だけど、人間の世界は「魂」なんていうバグを抱え込んでいるせいで、倫理や道徳の制約が異常なほど強固だ。』
ラルフは、皮肉げに口角を上げたように見えた。
『例えば、君たちの医療だ。君たちは収支を度外視して莫大なエネルギーを注ぎ込んででも、生産力の衰えた個体を延命する。そのくせクローンの是非を争ったりする。』
ウィリアムは沈黙した。それはまさに、人類の不老不死への執念そのものだったからだ。
『だが、その制約の壁が高ければ高いほど、それを強引に乗り越えようとする時の反発力はとてつもないものになる。』
ラルフは陽気な声に戻り、ウィリアムに向かって短く前脚を上げた。
『君たちは、俺たちをはるかに凌駕する技術的進歩を遂げるポテンシャルを持っているよ。』




