原理
ブリーフィングを終えたリンは、ラルフの隔離室へと移動した。
その目の奥には、エンジニア特有の純粋な好奇心が鋭く燃えていた。
『やあ、リン。最初は君か。』
「こんにちは、ラルフ。こんな尋問みたいなことに付き合わせてごめんなさい。」
『問題ない。君たちが知りたがりだということは、これまでの対話で理解している。』
リンの目には、ラルフはとてもリラックスしているように見えた。
「ありがとう。早速だけど私が知りたいのは、あなたのシステムのアーキテクチャについてよ。」
彼女はガラスの前の椅子に座り、毛むくじゃらの異星人との対話を開始した。
「私たちが最初のパルスを受信したのは、地球からおよそ五十天文単位――太陽系外縁部からの反射だった。でも、あなたはそこを偶然通りかかったわけじゃないわよね?」
『もちろんだ。』ラルフは二本足で立ち、短い前脚を組んだ。『俺のデータを積んだ無人のプローブは、君たちがエッジワース・カイパーベルトと呼んでいる氷の小天体群に、おそらく数千年から数百万年前に漂着したはずだ。』
「その期間の幅はどういうこと?」
『さあ。漂着以降スリープモードにあったプローブが、再起動した際に走らせた自己診断プログラムの計算結果だ。重要な機能じゃないから、センサーをケチったのが良くなかったんじゃないかな。』
「ずいぶん長い間スリープしていたのね。なら、起動のトリガーは何だったの? なぜ、あのタイミングで突然目を覚ましたの?」
『一定出力以上のコヒーレントな指向性エネルギーを検知するように設定したんだ。自然界では発生しない、極狭帯域の光を観測した時、システムはこの星系の住人が、外宇宙を能動的に観測し、干渉できる技術レベルに達したと判断する。』
「なるほど」リンの口元に笑みが浮かんだ。「私たちが深宇宙の観測のために放ったLIDARのパルスが、まさにドアのチャイムになったわけね。」
『そういうことだ。そしてチャイムを鳴らした相手に対して、中継機は同じ波長で返事をする。もちろん偶然ってこともあるから、更に返事が無ければまたスリープに入るんだけどね。』
「確かに発信者が同じ波長のフィルターを開けて、受信待機している可能性は高い。なかなか合理的なハンドシェイクね。そして、受信する準備ができている者にだけ、巨大なデータファイルをダウンロードさせる。」
『せっかく手紙を出すんだ。読んでもらいたいだろ。』ラルフは鼻を鳴らした。『だから、少なくともデータを捉え、それに返答できるレベルの知性にだけ応答するフェイルセーフが組み込まれているんだ。まあ、一種の足切りテストみたいなもんだよ。それだけの知性があれば、受信したときに解読できなくても、いつかは再生に辿り着くだろうって考えたんだ。興味があれば一連のフローについてのデータブロックも送信しているはずだから、探してみるといいよ。』
リンは感嘆の溜息をついた。
「見事な自力起動のシステムだわ。でも、そんなに前から待機していたということは……あなたのオリジナルは、もう。」
『ああ、生きてはいないだろうね。それどころか文明すらとっくに滅びているかもしれない。俺にとっては知る由もないことだよ。』
ラルフはあっけらかんと言った。
『まあ、案外ソファに寝転がってスナックでも齧りながら、一日中テレビを見ているなんてこともあるんじゃないか。』
リンは少しだけ眉をひそめた。
「……随分と悲観的な予測ね。もっとこう、文明ごと高次な存在へと進化しているとか考えないの?」
『自分の生体データと、それを再構成する機械の設計図を意味もなく宇宙にバラ撒くような種族だぜ?』ラルフは肩をすくめるような仕草をした。
「なるほどね。ありがとう、面白い話だったわ。」
リンは理解を諦めたように小さく息を吐き、部屋を後にした。




