実相
「おはよう、ラルフ。彼はブライアン。今日からここで一緒に働く仲間だ。」ウィリアムはガラス手前のコンソールに向かって穏やかに答え、隣で硬直するブライアンに視線を向けた。「ブライアン、彼がラルフだ。信じられないだろうが、あの3Dプリンターの出力結果だよ。」
ブライアンの顔が強張り、視線は一点を凝視していた。
マットだと思っていた茶色い塊が、もぞもぞと動き出したのだ。それはマットではなかった。全身を剛毛で覆われ、ツチブタのように長く突き出した鼻を持つ、体長一メートルほどの生物だった。
二本足で器用に立ち上がったその生物は、はっきりとブライアンの方に視線を向けると、短い前脚を軽く上げてみせた。
『やあ、ブライアン。はじめまして。』
ブライアンはガラスの向こうで飄々と佇む毛むくじゃらの生物から目を離さないまま、隣のウィリアムに低く尋ねた。
「……こいつと話しても?」
「もちろんだ。それも君のミッションのひとつだよ。」
「禁止事項は?」
「一切ない。これまでのインタビュー記録を見るか?」
「いや……。」ブライアンは小さくかぶりを振り、目の前の現実と直接向き合うことを選んだ。彼はコンソールのマイクに顔を近づけた。
「……やあ、ラルフ。すでに他の連中から何度も同じ質問を浴びているかもしれないが、俺の疑問に答えてもらえるか?」
スピーカーの向こうで、剛毛に覆われた短い前脚が少し持ち上がる。
『何でも聞いてよ。お互いを理解するために対話を用いるのは、知的生命体として好ましい傾向だ。挨拶もそこそこにいきなり解剖台に乗せられるよりは、質問攻めに遭う方がよっぽどマシさ。』
「ありがとう。まずは自己紹介をしておこう。」ブライアンはガラス越しに言った。「俺はブライアン。君が乗ってきた電波の、初期解析チームの一員だ。あいにく解剖は専門外でね。ラルフというのは君の名前か? それとも種族名?」
『”Like an Alien Life Form”でラルフさ。所謂、宇宙人ってやつだ。3Dプリンターでプリントされたコピーだけどね。』ラルフはツチブタのような鼻先を器用に動かした。『本当の名前は、この喉の構造じゃ発音しにくいんだ。この星の組成に合わせて出力された身体だからさ。』
「なるほど。本物じゃないから『みたいな』というわけか。それにしても、言語だけでなく造語のセンスまで理解するとは。君の翻訳機はずいぶんと高性能なようだな。」
『翻訳機? そんなものは持ってないよ。言葉ならテレビを観て覚えた。』
ブライアンは無言で隣のウィリアムを見た。
「昼のゴシップ番組がお気に入りらしい。」肩をすくめながらウィリアムが補足した。
少しの間、ブライアンは眉をひそめて硬直したが、気を取り直し改めてラルフに向き直った。
「単刀直入に聞こう。君の、もしくは君たちの目的は何だ?」
『安心していい。俺は侵略者じゃない。さらに言うと、このデータ送信の目的も完全に個人的なものだ。もし君が、この接触に技術革新や神の啓示なんかを期待してるんだったら、先に謝っておくよ。』
「個人的な目的……? 恒星間旅行みたいなものか?」
『ちょっと違うな。こっちで出力された俺の体験を、遠く離れたオリジナルが知る術はないからね。君たちの文化で言うなら、ボトルメールが一番近い。送り主の目的はメッセージを送る事で、宇宙の海に放り投げられた時点で俺は役目を終えてるんだ。あっちじゃ、結構流行ってるんだぜ。』
「……なんてはた迷惑な。」ブライアンはこめかみを押さえた。国家を揺るがし、自分のキャリアを破壊したものの正体が、宇宙規模のスパムメールだったという事実に眩暈がした。
「いや、だったら、あの最初のブロックの末尾にあった、責任を負う者だけが受け取れる。という思わせぶりなメッセージは何だ?」
やや考えるような間があってから、ラルフが答えた。
『ああ、それは訳が間違えてる。あれは、ノークレーム・ノーリターンって書いたんだ。』




