救済
本話は、後に「救済」と呼ばれる事象の前段階にあたる記録である。
ここで描かれる出来事は、一見すると田舎の結婚式と家族の物語に過ぎない。
しかし、後に明らかになるように、この小さな幸福の積層が、ある異常な介入とシステムの変質を引き起こす起点となっている。
本記録は、その発生直前における“人間側の時間”を中心に構成されている。
これは救済者が誕生する、少し前の話。
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「坊さん、俺さ、今度結婚するんだけどさー」
「おお、こんな田舎の農家に来てくれる女性なんて、それだけで充分素敵な人だよ」
「農大出で、畑やりたくてやりたくてって娘でさ。どっちかっていうと俺じゃなくて畑の方が選ばれたって感じかな。何でもこの辺りの他の畑より育ちが良いのを見つけて、やってきたのが最初なんだよ」
「へー」
他人のおのろけ話ほど、興味が無いものはない。
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「それでさ、隣同士だし、仏前結婚式にしたいんだけど」
「おー、珍しいな。大丈夫だよ。二人とも幸せになれるように、ちゃんとやらせてもらうさ。お母さんも喜ぶだろ」
「うん。“お前が結婚する姿を見るまでは死ねない”が口癖だったからね。畑も俺と嫁でやれるし、これから楽させてやって、親孝行するんだよ」
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彼は農家の一人っ子で、俺とは幼なじみだ。
今でも仲は良い。
父親は子供の頃に病で亡くなり、それからは母親が畑を守りながら彼を一人前に育てた。
苦労の人だ。
やっとこれで少しは楽ができる。親孝行もしてもらえる立場になった。
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## ■結婚式当日
結婚式当日は、予想を上回る賑やかさだった。
家と家の結婚式というより、村全体の祝祭になっていた。
過疎で若い衆も少ないこの村で、「定住して農家をやる夫婦ができた」というのは、それだけで大事件だった。
というより、皆こういう“幸せな出来事”を待っていたのだろう。
農家は作物を、猟師は肉や川魚を、酒屋は酒を。
それぞれが商売度外視で持ち寄り、昔発足の村の「若妻会」が料理の腕を振るう。
今はもう年を重ねた者ばかりだが、名だけは当時のままの若妻会だ。
外ではすでにどんちゃん騒ぎが始まりつつあった。
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本堂では厳かに結婚式が進む。
三三九度。
酒屋が、生酒を切った竹に注いだものだ。熟成した竹の香りが立つ、なかなかの酒だった。
続いて本尊への読経。
双方の家の先祖供養。
さらに——
結婚と今後の家内安全。
農家なので五穀豊穣も追加しておくか
家内安全、五穀豊穣、福寿円満、諸災消除、諸縁吉祥。
結局、思いつく限りを全部入れた。
そんな経と回向を読み終える。
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仏前なので数珠の交換。
この数珠は、お母さんの手作りらしい。まさに母の慈悲そのものだ。
今時なので指輪の交換もした。
「キスも入れとく? 誓いの接吻とか」
と一応聞いてみたが、即却下された。
ちっ、つまんねーなと思ったが、やったら俺の時やり返されそうなのでやめて正解かもしれない。
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記念写真は本堂前。
赤い幕が風に揺れる。
良い結婚式だった。
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## ■その後
披露宴は村総出。
樽酒は一樽では足りなくなった。
新婦はかなりの酒好きだが、今は禁酒中だ。
この四人家族には、本当に幸せになってほしいと思った。
だが
祈りは届かず——
四人が揃うことはなかった。
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結婚式から二ヶ月後。
母親は朝食の最中、脳卒中で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
本堂での葬儀も、また村総出だった。
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「結婚するまで死ねないって言ってたかーちゃんがさ……やっと楽させてやれると思ったのに」
「お前の母親は安心したんだろうな。今は極楽で、お前を見てるよ」
慰めにはならないかもしれないが、そう言うしかなかった。
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その日から少しして——
新婦は「かーちゃん」と呼ばれるようになった。
その家の新しい”かーちゃん”が誕生した。
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そう。
坊さんの言う通り——
母親は極楽から、家族の行く末を本当に見ていたのである。
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## ■**Paradise {88}エリア**
母親は悪事を働く暇もなく、息子を立派に育て上げたため、徳が結構溜まっていて
このエリアに割り振られていた。
今はモニター越しに、息子夫婦を眺めている。
そして、孫の誕生を早く見たくて追加の徳を支払い——
確定済みの未来を、少しだけ覗いてしまった。
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その中に見えた“不幸な未来”。
母親は涙を流した。
残っていた徳は全て差し出しても構わない。
地獄に落ちてもいい。
それでも、この未来を変えたい。
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## ■**Paradise SYSTEM LOG**
Buddhacloud 介入確認
対象:未誕生救済者関連事案
意志確認:あり
処理開始:地獄側パイプ接続
Gigokuへ命送信
パイプ閉鎖処理実行
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※通常、ParadiseとGigokuは非接続領域
※本件は特別介入処理
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## ■**Gigoku SYSTEM LOG**
Buddhacloud介入
命データをケンタウルスコアへ変換
ケンタウルス生成
待機所へ配置(要請待ち)
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※元の人格データは消去済み
※待機領域にて他魔物との調整機能へ移行
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## ■第3話「因果」へ戻る
本話において描かれた出来事は、いずれも個別にはささやかな日常である。
結婚、家族、死別、そして祈り。
しかしそれらは単なる連続ではなく、観測されることで初めて「因果」として接続された。
Paradiseシステムは、これらを“救済要求”として処理した。
その結果として発生した介入が、後の事象3,4,5話における基盤となる。




