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異世界坊主  作者: 乱義
7/7

人は何かを得ようとして、つい何かを“しよう”とする。


知識を得ようと学び、技を得ようと鍛え、悟りに近づこうと坐る。

それ自体は間違いではない。むしろ自然なことだろう。


けれど、もし――

「何もしないこと」が修行だと言われたら、どうするだろうか。


動かないこと。

考えないこと。

役に立とうとしないこと。


それは怠けなのか、それとも別の何かなのか。


この話は、ひとりの若者が、何も与えられない時間の中で、

少しずつ“何か”を取り戻していく記録である。


そしてそれは同時に、

何もしていないはずの場所で、確かに動いている世界の話でもある。

「たのみましょーーーーう」


ん? 寺の玄関からでかい声がする。


嫌な予感しかない。この作法は、修行道場に入門をお願いする最初の合い言葉。いわゆる、「こんにちわ誰かいらっしゃいますか」なのだが、「修行入門よろしくね」の意味が込められている。修行僧が旅で回って寺院に泊まらせてもらうときなども、こういう挨拶だが、今の日本に旅して宿泊をお寺にお願いする修行僧はいないと思う。


「どーーーーれーーー」


作法通りの合い言葉で返す。


玄関に出てみると若い男の子が真新しい真っ青の雲水衣を着てお辞儀している。


「入門をお願い致します」


「当寺院はただいま弟子を受け付けておらず……ん?」


どこかで聞いたような車の音が……兄弟子の外車か。


顔をよく見ると、やつのDNAが確かにある。


スマホが鳴る。兄弟子からだ。


「老師キラーは元気にしてる? あのさ、うちの息子、来年大学卒業したら修行道場に入る予定なんだけど、その前にちょっと仕込んでくれない?」


「お前がやれよ、息子なんだから」


「息子だから俺がやれない意味も分かってよ。ちょっと前に今の老師の出身寺がやっている居士林に入れたんだけど、ちょっと合わなくてさ、後を継ぐのも悩み始めちゃってさー」


「別に坊主だけが人生じゃ無いだろ? 好きなことやらせろよ」


「仏教大学の仏教学部出じゃ、もうつぶしが利かないんだよ」


「そういうものかなぁ。まぁ田舎の環境で修行前の休暇をさせるのは悪い事じゃあないか」


「まぁ、まかせるから後はよろしく」


外車の走り去る音が、スマホと外と両方から聞こえてくる。


こういう時は親は一緒には来ない。そういうことはちゃんとわきまえている。

外の車にいるのも同じような気もするが、あいつらしい。


「まぁ、とりあえず上がって普段着に着替えてお茶でも飲もう」


「。。。。。」


上に上げて、うーーん、作務衣はもってるのか。ってフンドシかぁ。そこまでしなくてもいいんじゃないか。パンツはおいおい買ってくるとして、俺のジャージで良いな。


作務衣は坊さんのジャージ的存在と俺は思ってるが、宗教的な衣類という考えもある。ここはそういう縛りの無いジャージが一番だな。


「これ着て」、と自分の普段着ジャージを渡す。


さて、茶を二人で飲みながら、


「とりあえずの修行は、何もしないこと」


「えっ、何もしないとは?」


「まぁ、息とトイレはしても良いよ」


「?????」


「食事は時間になったらテーブルに置いておくから、レンジでチンして好きなときに食べる。えーと、これから和室に布団しいて、とりあえずは寝ちゃおうか、顔色良くないし」


さっさと和室に連れて行き、押し入れから布団を敷く。


「これからの修行は、夕飯ができるまで布団の中にいること。では、開始」


そう言って俺は和室から出て行った。


戸惑う新弟子。


親の言うとおり寺を継ぐべく仏教大学で仏教を専攻したが、なんだろう、皆俺と同じ跡取りばかり。大学から派閥争いみたいなことがあり、うちは裕福な方らしく、それだけで目の敵にされる始末。


来年修行道場に入る前の勉強だと一般の人が修行する居士林に行かされたが、そこでも一般の家の出で修行をしている猛者達に、寺の跡取りと言うだけで差別され、「大寺の息子ならこの位できて当たり前」などと言われながら自分たちの仕事を押しつけてきた。


そこから逃げ帰っておやじはため息をつくばかりだ。

そして車に乗せられ、ど田舎のこんな寺で降ろされ、


「たのみましょー、だぞ」の一言だけあった。


前の老師も一目置いた高僧だとは聞いた。どんな厳しい修行になるのか不安でいっぱいだったが、なぜか今、布団で寝てる。


布団で寝る修行って、なに?


寝坐禅でもしろってことなんだろうか。


坐を組む坐禅はまだ俺には早いということか。俺は仏教大学や居士林で坐禅してきたが、それでも坐を組むに値しないと、そこまで未熟だと、思われてしまった。


まぁいい。もう俺にできることは寝坐禅だけなんだ。


呼吸を合わせて寝ながら坐禅をする気持ちになっていったが、不覚にも寝てしまった。


目を覚まし時計を見ると、なんと次の日の昼。


何時間寝たんだろう。多く寝過ぎて、逆にまだ眠い。


お茶を飲んだお勝手に行くと、ソーメンが置いてある。


水でほぐして冷蔵庫のめんつゆで食べて、とメモが。


夏のソーメン、冷えためんつゆで素朴で美味い。体も脳まで涼しく感じるから不思議だ。


本堂の縁側から外を眺める。


坊さんが庭で草むしり中。


「おー、起きたか。ソーメン食った? そうか、じゃ適当に何もしないでなんかやっていて。ちなみに今は俺の手伝いも禁止。布団でボーとしているのが一番良いかな。坐禅とかお経とかも禁止ね。散歩はしても良いよ」


何もしない修行。これが修行道場入門時に、庭詰めで二日間玄関でただお辞儀してるだけ、タンガ詰めで三日間ただ坐るだけ、そのことの事前の修行ってことなのかな。とりあえず布団でぼーっとしてることに。


その次の日は、周辺の散歩。歩いていると会う人会う人、ほぼ全員に挨拶されて身元調査が始まった。というか、「あなたが坊さんの言っていた都心の大学ボーイね」なんて根回しもしてあった。


自分はタダ相手の言うことにうなずいていれば、意味は考えなくても会話は成立していった


ただ、おばちゃん達の話が長い。でも、坊さんの評判やこれまでの行いが大体わかった。おばちゃんの人生も息子の育て方も、聞いてもいないのに一方的に話してきた。


家にまで上がらされての「麦茶飲みなさい攻撃」。


三人のおばちゃんの対応で一日が終わった。


田舎のおばちゃん達、恐るべし。


どうやら、「おばちゃんの無駄話を聞いてくれるホストが現れた」という情報が回ったらしく、お寺の周りにおばちゃんの散歩が増えたような……。


自分もやることがないので寺の外に出ると捕まえられて麦茶と長話。


出ないでいるとおばちゃん達が訪ねてきて、なぜか自分を交えての井戸端会議。


あっこれ、結構な修行かも、そう思い始めたとき、坊さんが、


「もう明日から好きなことしていいよ。使命感でやらなきゃいけないでは無い。ここでやれる、やりたいことをやりなさい」


と言われるが、うーーーん。


田舎過ぎて娯楽も無い。というか、自分が田舎のおばちゃん達の娯楽になっていたような気もする。


なんだろう、あれだけ嫌がっていた朝のお経も何日も読まないとなぜか不安になってくる。


「朝課(朝のお勤め)は何時からですか?」


「今は夏だから日が昇るのが早いので四時だけど、無理しなくていいよ」


「はい」


なぜだろう。自分は今、明日の四時が待ち遠しい。


ん? 目覚ましは鳴ってない無いが勝手に目が覚める。


時計は二時。


まだ早い。布団でまどろむが、目が冴えてしまう。


三時過ぎか。早めに本堂に行って坊さんを待つか。


衣と袈裟に着替え、もちろん坊主の戦闘服だからフンドシもしめた。


本堂に向かう。


へ? もう坊さんが本堂で着替えて坐っている。


「ん? あーーー、早いね」


両手を上に上げて背伸びをする坊さん。


「昨日あんなこと言って、俺が寝坊しちゃうと恥ずかしいからさ、着替えてからここで寝てたんだよ。修行中も朝不安なときは着替えてから座睡してたし、どうってことは無いよ」


自分は居士林で皆と同じに起きてから支度して、猛者達には追いつけなかった。こういうことが工夫ということなのか。


「木魚をお願いしていいかな。回向は俺がやるから。お経は経本読んでいいから、出だしで大体わかるよね?」


「ハイ、大丈夫です」


師匠の指が木魚のリズムを刻む。そのリズムに合わせて木魚を叩きながら経を読む。


なんて心地良いリズムなんだ。居士林の「とっとと早く済ませてしまえ」みたいなマシンガンのような速さでは無く、自分のお経と木魚が溶け合っているような感覚。そして師匠の声が、あっ、自分に合わせてくれている、それがわかる。なんだろう、師匠の声が重なることで読んでるお経が意識から遠ざかり、自分の声なのに他の声を聞いてるような音の錯覚。こんなことがあるのだろうか。


ご本尊回向を師匠が読んでるとき、本尊が光ったような気にまでなってしまう。


その後の掃除も、


「まだ無理しなくても良いよ」なんて言われたけど、


「これがやりたいことなんです」と言ってさせてもらった。


師匠は、


「夜明けに合わせて朝課の時間を変えてるのは、この日典掃除のとき薄暗いところから徐々に明るくなっていく狭間を感じるのが好きなんだよねぇ。この白黒はっきりしない狭間って素敵だよねぇ」


まだ僕には意味がわからないが、今の気分は悪くないというか、庭掃除しながら自分が掃除されて透明になっていく清々しさは、今まで味わったことは無い感覚だった。


ただの坊さんから師匠になったことにも気がつかない坊さんの方は、


さすがにおばちゃん達の相手だけで夏休みが終わったら駄目っぽいから、そろそろ逃げ道を作らないとなぁ。


とはいえ、そのおばちゃん達があしげく食べ物などを持って来てくれるので、食事の用意をしなくて良い。冷蔵庫に入れておけば勝手にチンして食べてくれるし、俺も助かっちゃったなぁ。


自発的なら何しても良いと言うと、朝課の時間を聞いてきた。兄弟子はそこそこちゃんとその辺は教えていたようだ。


うーーん、問題は俺。たまに夜坐で朝まで変な夢みながら寝ちゃうんだよなぁ。


寝坊したら恥ずかしいし、もう着替えて本堂で寝ておくか。


と言うわけで本堂で坐睡していたら人の気配。


まだ早いのにやる気満々だな。居士林にいたとか言ってたし、経が走ったら気持ちよくないから、俺のペースでやらせてもらおう。指で俺のペースのリズムを刻む。


おー、中々いい音出てるじゃん。


声は結構高めだね。自分も高いけど、そのままだと音程を釣っちゃうから、合わせていくか、ちょっと低めで行こう。中々良いハモりだな。


余計なことしない分、やりやすいな。


日典掃除まで付き合ってくれたおかげで、いつもより広く掃除ができた。


そんなこんなで彼は俺に付き合って、朝課、日典掃除、畑の手伝い、おばちゃんの雑談相手、寺の施餓鬼会の手伝いや木魚での出頭。


もう少し楽させてやりたかったのに、目を輝かせながらやってくれる。こんな良い子、兄弟子に余り染めたくないなぁ。


本当の師匠を見つけてしまった弟子

彼の祖父は今も Paradise{108}エリアで延々と「救済者の師」を含む輩と議論を叩かせている。

そんな修行オタクのDNAが目覚めてしまったらしく、目を輝かせてお寺のことをやり始める。


やれと言われる前にやる。師匠は駄目だったときだけ注意する。誉めてはくれないけど、変に誉めてくる親父より、その辺が逆に信用できる。


御施餓鬼の支度の時も、お手伝いしながら、


「いつもお一人で支度してるのですか?」と聞くと、


「そうだよ。檀家の人とかに頼めば手伝ってくれるけど、何か違うことされても言いにくくてさ。後で直したりしても、気がついたら気を悪くしないかなぁとか、考えるのが面倒くさいでしょ。一人で自分でやれば全てが思うがまま、あいつのせいだとか人のせいにもできない。それにね、これは自分が住職であることを思い出す作業でもあるんだ」


「いつもは住職だと思ってないんですか」


「坊主が人間なんじゃない。人間が坊主だから。いつもは根本の人間、一個人として生きてるけど、施餓鬼はさ、責任重大だからこのお寺の住職としての認識を高めるのさ」


「お前は器用だし、大きなお寺だから今までやってきたとおりにして良い。無理して一人でやるなよ」


「笹はプラスチックなんですね?」


「それね。いつも持って来てくれたおじいさんが歳でもって来れないって言うから、他の人に頼むと悪いからさぁ、Amasanで買ったよ。本来の目的は『薄暗い空間』を作って餓鬼とか迷える精霊達を集めてご接待することだから、環境ができればプラでも良いと思うのよ。江戸時代に無かっただけでしょ。施餓鬼棚に付けちゃえば、もう付け替えなくても良いのだよ」


なんて言ってたと思えば、


「施餓鬼で上がったお膳は、餓鬼達を施した後は、鳥や自然の動物たちのご接待に使うことが命の循環だと思うんだよねぇ」と言い、裏山に置きに行く。


「本来、花は祈る側の心を落ち着かせるためのものだから、あっちでは無くこっちを向いている。俺はいつも落ち着いているからそんな花は要らないのだけど、まぁ施餓鬼に花がないのも格好付かないだろ」


と平然と言ってのける。


納得できないが、師匠は割り切っている。


納得できないが師匠なのに、まぁ許してやろうという気分になってしまうんだなぁ。


御施餓鬼当日、木魚を叩かせてもらった。


「テンポは気にしなくていい。2時50分に終わるように叩いてね。皆、慣れてるから木魚に合わせられるよ」


そう言って始まった施餓鬼は、明るい昼間の施餓鬼棚は確かに薄暗く、餓鬼や精霊が集まっている、そんな気がした。


師匠の考え方はそんな、納得はできないが許してやろうという感じのものが多い。


「本山でプラスチックの造花を末寺に紹介したとき、俺は一番で飛びついたが、『生の花でないものを飾るのはよろしくない』とか言うやつがいたんで、『木の仏に拝んでるやつが何言ってんだ』と言ってやったら、『仏師が魂込めた仏像と同じに語るな』とか言われて、『いや中国のおばちゃんが魂込めて作ってるかもしれない』なんて本気で言い出すのだ


つまり、目的ありき,過程は余り気にしない。


今までは、やり方が違う、置き方が違う、向きが違う等、色々言われてきた。


師匠が気にしている向きは、仏様のお膳は仏様が食べるように置く、それくらいだ。料理屋が仏様の前に、普通に、椅子側に料理を置くと、怒りはしないがそっと直しに行く。


それ以外は「あれ違うぞ」と思っても師匠は気にしない。


その辺の境界がよくわからない。


お盆に入り、盆の棚経のお付きもする。檀家数は多くないので、一日に回る件数も少ない。親父の寺は檀家が多すぎて棚経を回るのを辞めた。


ここのお盆は、一軒一軒ゆっくりお経読んでお茶飲んでお菓子食べて、ご飯が出てきて食べて、お酒が出てきて飲んで。


師匠は、


「いやー、ご飯も出るから良いよね」


自分もだんだん思考が、「そうだな、ご飯とおやつが食べられる」と言う方に意識が移ってしまう。


そんなお盆の夜、


「さて、これから本堂で坐禅組むけどどうする?」


もちろんご一緒させてもらうことに。


坐禅布団を横に並べて坐禅をする。最初は師匠が坐相を確かめて微調整してくれる。線香は夏なので蚊取り線香という雑なのももう慣れた。


二人並んでの坐禅。隣の師匠の存在感を感じる。呼吸音が聞こえてくる。


その呼吸音がふと止まる


えっ、消えてる?


坐禅を切る印金の音が無いので坐禅を解くことはできないが、明らかに隣の師匠は無。


というか、気配が無くなる。


本当の無の境地とは、存在自身が感じなくなるものなのか。そう言えば、「不思議と坐禅中は蚊に刺されないんだよねぇ。君は刺されてるようだから蚊取り線香にするね」とは言っていたが、蚊にも存在がわからない境地であったか。


**Gigoku SYSTEM LOG**


ナイトメア稼働継続


休暇プロトコル未適用


原因:リペア作業への過集中


*****************


坊さんが異変に気がつく。


あっ、久しぶりに丹田の気に色が。なんか弟子の横で寝ちゃって夢みるなんて、恥ずかしいなぁ。


目を開けると、そこはゴザの上に寝かされた人々がうーんうーんと唸っている。悪夢でも見ているようだ。


そこの中心にはでかい馬がブルブルと震えている。えーと、悪夢でうなされてる人? あのでかい黒馬はなんであんなに震えてるんだ。


「祈祷が起動できます」


「五眼が発動されます」


あれ、ちょっとシャレ(洒落)入った? 祈祷を起動とか。


で、何すれば?


スマホがモニターになり、


「お盆休みでも休まないナイトメアを止めてください」


あー、地獄も盆は亡者を帰しておやすみになるって話あったなー。


お盆休みさせて貰えず悪夢見せられちゃ可哀想だな。


で、なんで黒馬は休まないわけ?


「リペア作業に休みなんか要らないと没頭してます」


悪夢がリペア作業って意味がわからないが、まぁいいか。


どうすればいい?


ああっ、また般若心経一択ですか、そうですか。般若心経、何気に万能だね。


「マカハンニャ。。。。。」


お経を読み始めると黒馬の震えが止まる。顔もだんだんと穏やかに。


ん? よだれ垂らしてる。


「うごー。うごー」


でかいいびきが聞こえる。寝てうなり声を上げていた人達も、すやすやと静かな寝息を立てる。


うむ。地獄の休日、そういう考え方も優しくていいよね。


明かりに包まれ目をつぶる。


お盆も終わり、送り火。ナスの牛とキュウリの馬。ご先祖様は来るときは足の速い馬で、帰るときは牛でゆっくりとらしい。


まぁ、地獄の馬は運ぶのも忘れて仕事してたけど、休息は大事だ。


夏休みも終わりに近づき、ちょっとの間の弟子も大学生活に戻るようだ。外車の音は聞こえるが、兄弟子は出てこない。


「いろいろお世話になりました。」


真っ黒に日焼けした小坊主は、まぁ田舎の青年に変わっていた。これなら、修行道場の苦労もなんとかやり過ごせるかもしれない。いわゆる、敏感と鈍感の切り替えは、なかなか上手くなったと思う。


「まぁ何もできなかったけど、いい顔になったよ。おばちゃん達も寂しがるなぁ」


「はははは……では、行ってきます」


寺の門をくぐる後ろ姿を見送る。車に乗り込むまでついていくなんて


無粋なことはしない


「まぁ、がんばりすぎないよう、がんばれよ」


そう言って見送った。


**Gigoku SYSTEM LOG**


ナイトメア停止


休息モードへ移行


影響範囲:周辺ユニット睡眠状態へ遷移


評価:正常回復


**END LOG**



スマホが鳴る

「おー老師キラー ありがとう なんかたくましくなってて驚いたよ でさぁ 息子のお願いなんだけど修行道場行くときの師匠寺になってくれない、お前の時うちがかってでたんだから断らないよねぇ」


どうやら小坊主は縁を切る事はしないようだ

何もしない、というのは簡単なようで難しい。


人は放っておかれると、不安になる。

何かしていないと、取り残される気がする。

役に立たなければ、価値がないように思えてしまう。


けれど本当にそうだろうか。


何もしていない時間の中でしか見えないものがある。

何も足さないことで、ようやく整うものがある。


あの夏、彼が得たものは、特別な技術でも、深い教義でもない。

ただ、少しだけ呼吸が楽になる感覚と、

自分で動き出せる余白だったのかもしれない。


そして見えない場所では、

今日も誰かが働きすぎて、誰かが休ませられている。


それもまた、どこかの“お盆”なのだろう。

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