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異世界坊主  作者: 乱義
4/7

涅槃

第四話です。


今回はこれまでのようなログ多めではなく、主人公視点で進む回になっています。

(とはいえ、最後に少しだけいつものアレがあります)


システムや世界観については、三話までである程度出揃っている前提で書いていますので、

細かい説明はあえて省いています。


その分、「何が起きているのか」を雰囲気ごと楽しんでもらえたら嬉しいです。


そして今回のサブタイトルは「涅槃」。


少し静かで、でも確実に何かが動いた回になっていると思います。


よろしくお願いします。



田舎寺の舗装もされていない庭のど真ん中に、場違いな一台の高級外車が鎮座する。寺の中から大きな声が聞こえてきた。


「電話でも話したように、老師がお呼びだ。迎えに来たが、支度は大丈夫か?」

「ああ、身一つで良いだろう。呼ばれたのなら、相見香も菓子も要らないだろう」


本来、老師に会うにはお包みを用意して「お時間を取らせます」という御礼をするものだが、呼び出したのはあちらだ。そんなの必要ないよなぁ。


……お金無いし。


「そんな事だろうと思ってたから、ちゃんとこちらで用意してあるよ」

さすが兄弟子は分かっている。


車の助手席に乗ろうとしたら、後部座席のドアを運転手の人に開けられた。

えっ、運転手どこにいたの?

開けてもらった手前、そこから乗り込む。


兄弟子と後部座席で隣同士。良い車なので座席は広くて快適だ。自分が老師の運転手役だった時を思い出す。この席は、老師が座っていた助手席の後ろの席だ。


「俺が老師になったみたいだな」

そんなことを呟くと、

「お前が老師になるんだよ」

と、コイツはそんな事を言う。


兄弟子とはいうが、同じ時期に修行道場に入門したいわば修行の同級生だ。都心の格式高い寺だから普通は三年も修行すれば坊主の資格は貰えるが、彼は彼なりに滞在して五年の証明をもらい、資格を得た。


まあ、俺はその倍以上いたけどね。

居たくて居たわけではなく、修行道場に入るには後ろ盾になる寺、いわゆる「師匠寺」が必要になる。俺にもじいちゃんと仲の良かった坊さんが後ろ盾になってくれていたのだが、その坊さんが修行中に亡くなってしまった。


その息子が後を継いだのだが、「師匠寺」とは個人ではなく寺が後ろ盾となるものだ。その息子は、俺がそこの寺の跡目を狙っていると被害妄想に陥り、師匠寺の縁を切ってしまった。師匠寺の要請がないと修行道場を出ることができないため、ずるずると長く留まることになってしまったのだ。


それを見かねて自分の親に掛け合ってくれたのが、コイツだ。その寺が俺の師匠寺になったことで、コイツも俺の兄弟子になった。面倒くさい奴だが縁は切れない。まあ、それほど悪い奴でもない。金がある分、本山や寄付活動にも貢献している。金のない俺には出来ないことが出来るのは、尊敬に値する。


兄弟子の話は続く。

「老師もかなり病弱になってしまった。何とかまだ本山での発言力が残っているうちに認めてもらって、お前が老師になるんだよ。もう一歩手前の所にいることは、老師も認めてらっしゃる」


修行中、おおっぴらに読める本は『祖録』という、いわゆる禅問答の元になった本だ。内容は、大半が弟子への皮肉や意地悪発言としか思えないことばかりが続く。

でも、そうやって読むと「意地悪ばあさん」を読んでいるような気楽な感覚になれる。

「まー、こんな場面でよくそんな意地悪言えるな」とか「うわー、随分皮肉が効いてるじゃん」と、結構楽しく読んでいた。面白いところは読み直したりもするので、内容は頭に入っていた。


そういえば道場では「祖録事典」なんて呼ばれ方もしてたっけ。

まあ、田舎寺には必要ない知識なので、もう忘れちゃったけどね。


そして長期間いるから、それなりに老師好みの答えも分かってくる。そんな感じで禅問答に答えていたから、まあ「あと一歩」の所らしいというのは認識していた。

というか、老師から預かった禅問答の問いだけを書いた手書きのノート。残っていたのはあと一問だけだった。まあ、そこを読む前にそのまま返しちゃったんだが。


「お前が老師で、俺が総長だ。最高の兄弟弟子コンビだろ。死んだ親父もあの世で喜ぶぞ。お前が老師になったら、俺を総長に推薦してくれ」


実は今の老師の兄弟子はコイツのおやじなのだ結構長く道場にいてやはりあと一歩の所にいたとか

まぁ嫁さんと出会って嫁さんをとってコイツが生まれた


まあ、そういうことだわな。迎えに来た時から分かってた。

コイツなら総長になっても結構まともに回せるとは思うが……俺は老師にはならない。


高速道路を走り数時間。結構な距離を走って、あまり近づきたくなかった修行道場にやってきた。


老師は、ただならぬ気配に気がつく。

「ん? この気配、ただ者ではない。というか、人間ではないな。とうとうワシを迎えに阿弥陀如来が降臨されたのか」


これは三拝を持ってお迎えしなければいけない。

障子の向こうに強い気配を感じる。拝のポーズのまま、降臨を待つ。


坊さんは

そんなこととは露知らず。

「失礼致します」と言って障子を開ける。


「ん? 老師、なんでそんな格好してるんですか?」

老師が上目遣いで俺を見て驚いている。


「……ああ、お前さんだったのか」

なんか化け物でも見る目で俺を見ながら、言葉を続ける。


「お前のような者は、田舎の坊主が合っておる。後を継がせようと思ったのは、ワシの思い違いじゃった」


なんだよ、遠いところやってきたのに。

まあ良いか。自分が望む答えを、反論しないで向こうから言ってきたのだから、素直にラッキーと考えよう。


その後は、終始いつもと違う感じの老師と現状報告を交わし、

「では失礼致します。老師もご自愛して長生きしてくださいね」

なんて言って、修行道場を後にした。


その頃、老師は。

「いったい何があったんじゃ。しばらく会わないうちに追い越されておった。ワシなど足元にも及ばなくなってしまった。あいつは世に出してはいけない。あいつが教祖で宗教が始まってしまうかもしれん」


まあ、本人はそんなこと全然考えていないので、そんな心配は要らない。


---


### **Paradise{108}エリア**


Paradise。ここは「徳>A」の命が生前の姿で、余った徳を使ってご褒美サービスを受ける場所である。ある者は自分の好物を貪ったり。徳を積むための我慢を解放しているのだ。まあ、それでもいわゆる道徳内のサービスなのだが。モニターで子孫たちの現在を眺めたり、手持ちの徳を追加で使うと確定済みの「ちょっと先の未来」も見えてしまうなんてこともできる


エリアも同じ性質の命たちが集まるように分けられ、食べるご褒美エリアはビュッフェのような場所になっている。エリア間も「どこでもドア」みたいな扉で繋がっているようだが、あまり使う者はいない。


その「Paradise{108}エリア」で、出現することのないレイスがあふれ出す。

しかし、ここ{108}エリアは安定を保っていた。


「なんか飛んでるようですなぁ」

「わしらの修行には関係ないというか、こんな者どもに迷っていたら、今ここには居ないでしょ」

「それもそうですなぁ」


悟りし者たち、高僧たちが集まるこのエリアは、竹林精舎のごとく。

徳の積み方が善行などではなく、ただただ修行に明け暮れて一歩でも真理にたどり着きたい。そんな「修行オタク」の巣窟なのである。その面々が修行しながら、そして酒を酌み交わしながら、真理への話題や研究を語り合う。

そりゃ彼らにとっては極楽だ。


事実、ここでも修行して徳を積んじゃうからたちが悪い。徳がなくならないから次の工程に送られない。永遠にここに留まれる。


すでにここを出て、もっと上で「如来」や「菩薩」になるようにシステムからの要望も出ている方々もいる。実際、現世では「宗祖」として崇められている面々もちらほら。

それなのに、

「まだまだ真理は遠い」

とか言って、ここに留まる。


そりゃ、オタク談話は終わらんわな。

それゆえに命は減らず、増える一方。エリアもその数に比例してでかくなる。


しかもレイスになど構っている暇が無いから放置。レイスも高僧たちのオーラに手出しができない状態だ。

Gigoku{13}エリアから繋がっているパイプもレイスが詰まっているので後戻りもできない。レイスにとっては「詰んでいる」状態。


微妙に安定している、現在なのだ。


そこにまた、新しい命が送られて来た。

そして前世の姿に戻る。


その命に声がかけられた。

「おおっ、おまえもここに来られたか。またしのぎを削りあえるな」


「これはこれは、我が兄弟子ではないですか。ここではお元気そうで何よりです」


「ここは祖師たちに直接教えを請うこともできる、まさに極楽じゃ」


「何せわしら、最後まで解釈を争ったあの祖禄の考案も……」


本人曰く。

「あー、あれは、弟子が生意気だから意地悪しただけ」


「――と言われてな。祖禄ではその一言で弟子が悟ったことになっていたのに、こちらとしてはもう笑うしかない。だがあの議論は楽しかったのう、またやろう」


「それは楽しみですねぇ」


周りにレイスが浮いているのも気に留めない新入りは、なかなかの大物であった。


---


### **現世のとあるワゴン車の中**


あの野郎、俺が老師にならないと知った途端に「車を呼んであるから、それに乗って帰って」と、さっさと自分だけ帰ってしまった。


「行きはよいよい、帰りは怖いってか」


というわけで、来た時とは天国と地獄。護送車みたいなワゴン車で、帰路の高速道路を揺られている。

まあ、それでも「金は払ってあるから」の一言があったから許してやるか。


それにしても暇だ。行きは兄弟子がひっきりなしに本山改革案の話を止めないので退屈ではあったが、暇にはならなかった。


ワゴン車とはいえ、暇な時は時間を飛ばす「坐禅」かな。

ふむふむ。護送車だから、まあ無理に座を組むこともない。座ったままで腰を入れて、長い呼吸を始める。


あら、また練っている気に朱色が混じってきた。


目を開けると、そこは真っ白な空間。どこでもドアのような扉に、何かが詰まっている……?

水洗トイレに詰まったトイレットペーパーのように、半透明の白い布がひらひらしている。


なんじゃありゃ。


『祈祷が実行できます』

『慧眼が使用できます』


また、頭に文字が浮かび上がる。

ん? 天眼じゃないんだ。

白い布を見ると、『レイス』と文字が出る。


なるほど、「レース」は透けて見えるからな。上手い名付けだ。

まあ、俺に言わせれば「おばけ」だな。


で、おばけは今、どんな感じなのかな?

また文字が見える。

『任務:レイスの回収とパイプの閉鎖』


こいつを回収すればいいのか。それで「パイプ」って何だ?

また目に文字が走る。


『表示不許可』


えーーー、何それ。わがままな夢だな。


まぁそれでも慧眼とやらはそこそこ使えそうじゃん。

『パイプのあちら側、出口の先の空間のレイスも対応のこと』

また字が浮かび上がる。


えー、どれだけ長いパイプなんだよ。


ちょっと詰まったおばけの間から覗いてみる。

あっ、そんなに長くないな。ばーさんをお姫様抱っこで走った距離よりは短い。


とは言え、このおばけ、こいつを触ると結構ピリッと痛い。さてどうしたものか。


また目の前に文字が出てくる。

『ホー、便利だな。オススメ真言がいくつか出てくる』


おー、これ知ってる。ちょっと憧れてたんだよね、境内にもお祀りしてるし。これにしよう。

真言入門の記憶がなくても、真言の文字が読めるから親切機能だね。やるな、慧眼。使えるじゃないか。


これまた変身かな。目の前に現れて勝手に解決してくれないかな……などと言いながら。


「ノウマクサマンダー バサラダセンナ……」

変身。不動明王。


体の色があれ、赤じゃなくて青いぞ。不動尊といえば赤ってイメージだけど。

自分の手を見る「青不動明王」と表示、なんか青が男の子らしくていいぞ。

俺は赤レンジャーよりも青レンジャー、、、イヤ、ミドレンジャーが好きだったか


まぁいい 青不動見参


とりあえずロープを投げて、カウボーイさながらレイスをロープで一体一体引っ張りだしては切る――というか、ちょっと剣で触れるとふわっと消える。


それを繰り返してパイプを覗いた感じ、内部は綺麗になったようだ。パイプに入ろうっと。


オイオイ、足がつかないぞ。片足がパイプの下に吸い込まれそうになる。

あらあら、あっちになんかあればいいけど。


パイプの向こう側の出口の奥に、ロープを飛ばす。

おお、このロープの先が慧眼と繋がっていて、ファイバースコープのように先が見える。


えーと、どこか結べる丈夫なものはっと……。なんかよさげな石がある。

その石にロープを結んで、と。ロープに引かれ、一気にあちらの出口へ。


なんだ、ここは。坐禅している羅漢像が無数にある。

五百羅漢像か。五百羅漢の中には自分や知り合いに似た像があるとはいうが。

目の前の、ロープを結んだ石に座る羅漢。老師そっくりだな。


『救済者の師』と文字が出る。へー、偉い人なんだな。

老師はあの後、元気にしてるだろうか。

さっき会ったばかりなのに、何を心配してるんだか。


おっと。上を見ると、かなりの量のレイスが。

もう意志も感じず、ただ浮いているだけ。


よし、カッコよく速攻で終わらせるか。

剣をロープで操り、そのまま一斉削除。

一瞬で終了。


さて、ドアの中を覗くと暗闇。あちらの出口も見えない。

そして、ドアを閉めて「坊主がドアを袈裟切り」とか言いながら

剣でドアを袈裟切りに。



ピシッと切った切り口とは違うひび割れができて、ドアの中心部分に飲み込まれるようにドアが消滅した。


そして、青かった俺は元に戻る。

光に包まれて、目を閉じるのだった。


---


### **Paradise{108}**


坊さんが五百羅漢像だと思った像が一斉に動き出す。


「プハー、良いものが見れたぞ。青不動のおばけ退治」

「坐を崩さず息を潜めて邪魔をしない、皆様方の胆力には頭が下がります」

「そういうおまえさんも、青不動に睨まれてピクリとも動かなかったではないか」

「いやいや、動けなかったんですよ」 しかし最後に不動が変化した人間、あやつは……。


「しかし凄いものを見たのう。あそこまで徹底したものが存在しておったのか。不動明王、しかも青不動との『入我我入』とは、とりあえずの目標ができたのう」


「坊主がドアを袈裟切りは頂けない気もするんじゃが」

「そこが我らがまだまだという所ですなぁ」


その先に進もうという唯一の欲が、「無欲の修行者」への厚い壁であることは、彼らはここを出ないと気がつかない。


---


### **現世のとあるお寺**


やっと帰ってきたかと寺に入るやいなや、電話が鳴る。


「お前、スマホくらい持っておけよ。家電だけなんて今時いないぞ」

兄弟子からの電話だ。俺は着替えをしながら返事をする。

「おお、先ほどは世話になったなぁ」


「――老師が遷化せんげなさった」


「えっ」


履いていたズボンがずり落ちる。


五時間前は、あんなに元気だった。

そういえば、障子を開けた時に伏せていた。

いつもと様子が違ったのは体調が悪かったのか。

それなのに、ちょっと長居をしてしまった。


もしかして、俺……トドメ刺してる?


兄弟子は話を続ける。

「お前と別れてからお付きの者が部屋に行ったらいないので、みんなで探し回ったら、道場裏の坐禅岩で坐を組んでいたらしい。そして、もう息はしていなかった」


驚きはあったが、先ほどの夢で見た老師に似た羅漢像を思い出す。


そうか。悟後の悟りの道に入られたか。


電話でまだ何か言っているが、耳には入らない。

最後に会ったのは、その夢だったのかもしれない。


ポツリ。素足に水が垂れる。

その水が自分の目からのものだと、少しして気づいた。


ちょっと泣いちゃったみたいだ。


---


### **Paradise SYSTEM LOG**


**Paradise{108}**

異常流入:検知済み

原因:未閉鎖パイプ(権限不足により保留)


対処結果:

外部干渉によりレイス消失

パイプ消滅確認


担当:不明

権限照合:該当なし


**END LOG**

ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は主人公視点を中心に、なるべく説明を削って書いてみました。

その分、いつもより少し「何が起きているのか」を想像する余白が多めの回になっています。


最後のログで「ああ、そういうことか」と思っていただけていたら嬉しいです。


それと今回の「涅槃」というサブタイトルですが、

必ずしも一般的な意味そのままではなく、この作品なりの解釈も少しずつ混ぜていく予定です。


まだ表に出ていない部分も含めて、今後少しずつ繋がっていきますので、

気長に見ていただければと思います。


次回はまた少し違う動きが出てくるかもしれません。


引き続きよろしくお願いします。


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