雪玉クッキーと願いごと
「…………もうお昼も過ぎてます。そろそろ休まれては」
エレンにそう告げられ、シェリアは顔を上げ、壁の時計を見た。
午後一時三十分。朝の八時からつくりはじめ、かれこれ五時間以上経過をしている。
休みたいのはやまやまだが、残念ながら、それどころではない。
「…………それはむずかしいと思うわ」
オーブンが鳴って、ドアを開ける。
そこには、出来たてほやほやの、まるい雪玉のような菓子。
ゆうに三十個はある。
これだけあれば、屋敷にいる全員──シェリア、エレン、執事のジェームズ、両親、アンディで分けても余るくらいのはずなのだが──。
天板を取り出し冷ましている間に、雪玉クッキーは、あっという間になくなってしまった。
あとに残るは、かすかな白い粉のあとだけ。
果たしてこれが何度目か、シェリアは途中で数えるのをやめた。
またつくればいい。“かれら”もそのうち食べ飽きるに違いない。……きっと。
シェリアは再び、生地をつくりはじめる。
小麦粉とアーモンドプードルを炒り、冷めたあとにバターと粉砂糖を混ぜると、小さな玉をの形にしはじめた。
あとはこれを焼くだけだ。そう、焼くだけなのだ。
シェリアは、手の中にある玉をじっと見つめた。
そうしている間に、どこからか、どさっと“なにかが積み重なる音”が聞こえる気がするが、きっと気のせいに違いない。
シェリアは昨日、“かれら”の森から帰ってきた。
屋敷にいる、赤茶色の髪を持つ“かれら”と約束したので、今、こうして“かれら”のおやつをつくっている。
ある程度消えるのは織り込み済みだ。その為につくっているのだから。
しかし、五時間分の菓子はある程度に含まれるのだろうか。シェリアにはわからない。
天板にのせ、再びオーブンのドアを閉じようとしたとき、エレンが背後で呟いた。
「ひとりで何個も食べている食いしん坊さんがいるかもしれません」
エレンの言葉に、どこかで、がたりと音がした。
朝の八時からはじめた菓子づくりが終わったのは、日が傾きつつある頃だった。
「──おまたせ」
つくった菓子を包んだシェリアは、屋敷の裏にある木のそばにきていた。
見上げれば、そこには、見覚えのある少年がいる。
あのあと、少年は、シェリアと共に屋敷に帰ってきていた。
今はこの木の上が、少年の住処だ。
「おつかれ」
そう言うや否や、少年が木の上から飛び降りた。
シェリアの目線と同じくらいに、少年の目線がある。
“にんふさま”によって“変質”をといて、月妖精のまじないも効いていないそうなのに、少年が人間の大きさのままなのは、何故かかわらない。
“にんふさま”にも他の妖精たちにも、理由は分からないそうだ。
他の妖精の“まじない”を複数回受けて、“変質”すること自体、そう多いことではなく、そもそも前例がないそうだ。
「これ、焼いたの。良かったら」
シェリアはそう言って、少年に包みを差し出す。
雪玉クッキーには、言い伝えがある。
食べながら、「ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン」と口の中で三回唱えると願いが叶うそうだ。
十六歳のシェリアの願いは、ひとつだけ。
いつか、貴族の娘として嫁がなければならないその日まで、こんな日が続きますように。




