変質と宴とはっぴーえんど
──『“へんしつ”するぞ』
理と呼ばれた銀白色の妖精は、そう言った。
──『消えちゃうってことだよ』
青緑色の髪を持つ泉の少女はそう言った。
妖精の変質とは、存在が消えてしまうこと。
先ほどの様子から、少年は、そのことを知っているようだ。
知っていて、他の妖精の“おまじない”を受けたようだ。
では、一体、どの妖精から。
どんなまじないをかけられたのか。
「……消えちゃうかもしれないって、ほんとう?」
そう問いかけたシェリアに、僅かな沈黙のあとに少年は口を開いた。
「………うん。でも、すぐってわけじゃない。……たぶん」
「……たぶん」
「そう、たぶん。……存在が曖昧になるだけ、とか。『滅多にやる妖精はいないから、詳しいことはわからん』って」
「……誰、が?」
「……月妖精が」
「…………つき、ようせい」
シェリアの脳裏に過ったのは“願いを司る”らしい、小さな生き物たちの存在だった。
対価を払えば、願いを叶えてくれる妖精。
その願いが自身の存在を危ぶませる危険なものであっても、叶えてくれるようだ。
「…………おねえさんと話してみたかった」
ただ、それだけ、と。少年は、寄る辺ないような表情で、ぽつぽつと話した。
幼いシェリアが妖精を探していたとき、どうやら木の上からずっと見ていたのだそうだ。
月妖精に、人間が落としたお菓子を差し出して人間の大きさにしてもらったその日、幼いシェリアが森にやってきたのだという。
妖精が妖精の“まじない”にかかるのは、危険なことだ。
己の存在に関わる。それは、妖精たちは皆、本能的にわかっていること。
だから、きっとよくないことなのだろう。
だけど、幼いシェリアが二度目に森にやってきたとき、少年は警告してくれたし、森から帰らないシェリアに付き合ってくれた。シェリアが今も無事でいられるのは、少年のおかげなのかもしれない。
ならば、尚のこと、シェリアは、少年をそのままにはできない。
「──あのね、会ってほしいひとがいるの」
シェリアが告げると、水がぴしゃりと跳ねる音がした。
「会ってほしい、ひと……?」
少年が訊ねるように呟くと、シェリアはこくりと頷いた。
シェリアと少年の視線が絡み合う。
シェリアは少年の背中に触れていた手を目の前に差し出せば、少年はその手を見つめたあと、自らの手をのせた。
ふたりは手に手を取って歩く。
シェリアが森に迷いこんだあの日みたいに。
「……“にんふさま”」
シェリアに声をかけた泉の中にいた女性は、シェリアに頷くと、少年に向けて言った。
「いらっしゃい」
「……それで、あの、私は、なにをしたらいいのですか」
シェリアの言葉に、“にんふさま”は首を傾げた。
「……別に、なにもしなくていいわよ?」
えっ、とシェリアは、呟いた。
「その、対価…………は」
“にんふさま”は、シェリアに、『相応しいと思うもの』と言っていたはずだ。
うーん、と“にんふさま”は考えるようにしたあと、あっ、となにかを閃いた顔をしたあと、宙に向かって手のひらを広げた。
すると、手の中に、シェリアがつくったプロフィットロールが三つ現れた。
「これにしましょう、対価」
「これ……でいいですか」
どう見ても、ただのおやつである。
宴の為につくったもので、なにか特別な仕掛けがあるものではない。
とても相応しいとは思えず、シェリアは困惑した。
「ええ。これにします」
“にんふさま”がそう言うや否や、プロフィットロールはどこかに消えた。
「……でも、私の、存在……は」
「別に差し出す必要ないわよ?だって食べられないし」
食べられない。そういう問題なのだろうか。
ますます困惑したシェリアに、“にんふさま”は言う。
「あの質問はね、面白そうだったから、ちょっと試してみたかったの」
そう悪びれもせずに笑って、“にんふさま”は両手を宙に向けて重ねる。
すると、手の中から水が湧き出てきた。
「妖精の“変質”は、別の妖精の“まじない”によって他の妖精が混ざって変わったもの。通常は混ざる前に爆発するから問題ないのだけれど、“まじない”を受けた場合は例外なのよね」
“にんふさま”の手の中の水は、宙を舞って、少年の目の前までやってくる。
「それを飲むといいわ。“性質のねじれ”解消して、元の状態戻すから」
少年に不安げに見つめられ、シェリアはこくりと頷いた。
恐る恐る差し出した両手に水がおさまると、少年は覚悟を決めたように飲み干した。
その姿を、シェリアはぎゅっと両手のひらを握って見守る。
「あ……」
驚いたように声を上げた少年は、心配そうに見守るシェリアに振り向くと、
「もう大丈夫みたい」
と言った。
「ほんとう?」
「うん」
ほっとしたシェリアの両手のひらの力がほどける。
「めでたし、めでたし」
すると、どこかから青緑色の髪の泉の少女が現れ、羽根をひらめかせて、“にんふさま”の肩に座る。
それを見た“にんふさま”は、少女の羽根に手をやろうするも少女に寸前で躱されるが──ちゃぽん、と少女は水に落ちてしまった。
少女が水から浮かび上がって「ぼうりょくはんたーい」と抗議すれば、その光景を見た雨に属する者たちは、「楽しそう」と次々と泉に飛び込んでいく。
赤茶色の髪を持つ者たちは、「──ところで、お菓子係の件について」とシェリアに話を切り出す。
臨時の宴会場は、大変賑やかだ。
何故か花びらが待って、雨が降って、花火が打ち上がる。
今年の前倒しの宴はとても賑やかなものになった。
◆
「──女王さま」
「あなたの望んだ“平和”は、」
「ことしも、まもられてます」
銀白色の髪を持つ者たちは、空に咲く花たちを見上げ、呟いた。
今年も、もうすぐ夏至がくる。
“あちら”側との扉が開く。
かつて、“女王さま”と呼ばれた人間の少女だった魂がやってくる。
その時にはきっと、いい報告ができるはずだ。
人間たちが死者の魂を迎えるように、小さな生き物たちもまた、大切なひとを迎える。
「さあ、あの少女に、ちゅうこくにいかねば」
「同胞を泣かすのは、おことわり」
「それが、われわれのしごと」




