臨時の宴会場と存在の確認
「──あなたも、大変ね」
同情するように“にんふさま”は呟く。
大変、なのだろうか。シェリアは、思わず首を傾げた。
気付かぬうちに“森のおやつ係”なるものに任命されていたようだが、もしかすると、この森の妖精たちの信頼を少しは得ていたのかもしれない。
そう思うと嬉しい気もしたシェリアだったが、次の瞬間、泉に属する少女の言葉を思い出し、シェリアの心に影が落ちた。
──『存在が消えちゃうってことだよ』
シェリアは瞼を閉じてゆっくりと息を吸うと、そっと瞼を開き、“にんふさま”に問いかけた。
「──にんふさま、妖精の“へんしつ”を止める方法を教えてください」
「そうね、……その子を連れてらっしゃい」
“にんふさま”は、にこりと微笑んで、そう言った。
──あの子を連れて、この泉に。
シェリアがそう考えたときに、背後の上の方から、がさりと音がした。
ぱっと振り向いて顔を上げれば、すぐ近くの樹木の枝の上に、見覚えのある翠色の髪の少年がいた。
シェリアの目は思わず丸くなる。
「見つけた……!」
少年は、そう言うや否や、シェリアのすぐそばの地面に飛び降りた。
「悲鳴と森がざわつく音が聞こえてきたんだ。もしかしたらと思って……」
どうやら、泉に属する少女の悲鳴と、あのときのざわめきが聞こえたらしい。
雨や土に属する妖精たち、そして、姿を見せない妖精たちがこの場にいることを考えると、もしかしたら、森の広範囲に反響していたのかもしれない。
いつの間にかこの泉が、小さな集会場になっているのはそのせいだろうか。
本来の宴の会場は、もっと森の中央のはずなのに。
姿の見える妖精たちは、手を宙にかざし、どこからか菓子を取り出しては、思い思いに口にしている。
完全に持参式の宴である。
おまけに、葉を集めて、いそいそとクッションをつくっている妖精や、小石をテーブルにしている妖精もいる。もはや完全に宴会場である。
「……見つかって、良かった」
少年が安堵したように笑う。
シェリアもまた、ほっと息を吐くと、存在を確かめるように、無意識に少年の手をとった。
シェリアの両の手のひらに、少年の手の甲の感触がある。
良かった。消えたりはしていないようだ。
シェリアはそのまま、少年の両手を包み込むように、ぎゅっとした。
少年が驚いて目を丸くしているが、シェリアの視界には入ってない。
「…………良かった」
消え入るかのような声で、シェリアがぽつりと呟くと、木々の葉がざわりと音を立てた。
ざわざわ、ざわざわ。
ぱさり、と一枚の葉が宙を舞ってシェリアの頭に落ちてくる。
その瞬間、はっと我に返ったシェリアが顔を上げると、目の前の少年が顔を赤くしたまま、困惑したような表情でいた。
思わず視線を下に落とせば、シェリアは、少年の手をぎゅっと握ったままだった。
「ごめんね」
シェリアは慌てて少年の両手を解放し、ごまかすように視線を周囲へとさまよわせる。
すると、“にんふさま”と視線が重なった。
ああ。そうだ。早くしなきゃ。
シェリアが“にんふさま”との話を思い出したとき、なにかに引っ張られる感覚があった。
振り返って確認すれば、少年がシェリアが裏返しに着ているレインコートの裾を引っ張っていた。
シェリアと少年の視線が絡み合う。少年はなにも言わない。沈黙だけがふたりの間に流れる。
「…………勝手にいなくなっちゃって、ごめんね」
沈黙を打ち破ったシェリアに、少年は、ぶんぶんと首を横に振った。
「……別に、おねえさんのせいじゃ……ない」
そう、別に、シェリアが自ら失踪したわけではない。
ここは多くの妖精たちが棲む森で、妖精というのはとても気まぐれで、自由な生き物で。
でも、わかっているのと、納得できるのは違うのだ。
突然目の前でしっているひとが消えて。
いつ戻ってくるのか、無事なのか、わからなくて。
それを仕方がないと、納得などできるわけではないのだ。
大切なひとなら、尚更。
シェリアは空いた片方の手を少年の背中に回すと、ぽんぽんと叩いた。
「……ぼく、弟じゃないよ」
「ええ。知っているわ」
勿論だ。だから、シェリアはこの森にきたのだ。
アンディのふりして現れた少年に。
もうすぐ訪れる夏至祭の前に。
逢いたくて。
消えて欲しくなくて。
だから、訊かなくちゃ。
「……消えちゃうかもしれないって、ほんとう?」
シェリアの言葉に、少年は視線をさまよわせた。
言葉はなくとも、それが答えだった。




