おまけ短編 - 忍草 一
彼女が目覚めたのは薄暗い部屋の中だった。
「生きてる……、の?」
ぼんやりとした声でそうつぶやき、体を起こそうと無造作に力を入れた瞬間全身に鈍い痛みが走った。
「つッ……」
痛みに声を漏らしながら、一度体の力を抜く。
しばらくよく磨かれた天井板を見つめ、痛みが引いたところで今度は慎重に自分の左手を持ち上げた。そちらの方が右手よりも痛みが少なかったのだ。
手のひらも手のこうも腕も見えた範囲に大きな傷はなさそうだ。
痛みをこらえて持ち上げた右腕には包帯が巻かれている。つんと薬草の匂いが鼻を突いた。
ゆっくりと首を動かすと窓が見えた。青闇と白っぽい光からして、早朝のようだ。
反対側に首をめぐらせると、そちらには布団が敷かれていた。誰かが寝かされている。まだ辺りが暗いせいで、それが誰かまでは分からない。
彼女は体の痛む場所を探りながら、自分の寝かされていた布団の上に座った。
「九鬼大斗……?」
そこでやっと少し離れたところに寝かされている相手の正体に察しがついた。
それでも確信は持てなかったので、ゆっくりと近づく。
「何であなたが――?」
枕元から見下ろして、それが大斗だと確認してつぶやいた。
彼は眉間にしわを寄せ、額には玉のような汗が浮いている。苦痛に耐えながらも、死んだように眠っていた。
彼女はどうするべきか少しためらった後、大斗の近くに置いてあった手拭いでその汗をぬぐった。拭いても拭いても汗は次々に流れ出す。
それでも彼女はしばらく大斗の看病を続けた。部屋の外からこちらに近づいてくる足音が聞こえてくるまで。
廊下を渡る足音が聞こえた瞬間、彼女は手に持っていた手拭いをもとあった場所に投げ出した。
そして痛む体を引きずるようにして、自分の布団まで戻る。
それとほとんど同時に、速足でこちらに歩いてきた主が部屋の戸をそっと開けた。
思わずそちらを見ると、ちょうど部屋に入ってきた青年と目があった。
「良かった。目覚めたか、華奈さん」
長髪の青年が嬉しそうにほほえむ。
「……水月大臣」
華奈も彼の名をつぶやいた。
「他人行儀な呼び方だな」
絡柳は苦笑を浮かべながら、大斗の様子を確認している。
「妙だよな。俺とあなたは同じ年に学問所で学んだ同期にもかかわらず、俺もあなたも大斗との方が仲が良い」
「それは気のせいよ。九鬼大斗なんか――」
「それでも、俺にはそう見える」
絡柳は華奈の言葉を遮って言った。
「少なくとも、大斗があなたを大事にしているのはわかる。こいつが気を失ったあなたのそばをかたくなに離れようとしないから困った。仕方なく同じ部屋で寝させる羽目になったが、許してやってくれ。あなたが心配だったんだ」
「九鬼大斗の都合なんて、知らないわ」
華奈は二人から顔をそらした。
絡柳が再び苦笑する気配を感じるが気にしない。
淡い笑みを浮かべたまま、絡柳は持っていた荷を広げた。わざとそちらを見ないようにしている華奈の鼻を薬草の匂いがつく。
「これから大斗の包帯を代えるんだが、手伝ってくれないか?」
「何であたしが――」
「頼む」
真摯な口調に加え、絡柳は頭を下げた。
相手は学問所の同期だが、中州の大臣でもある。地位的に上の相手の頼みを華奈は断れなかった。
しぶしぶうなずくと、絡柳は「ありがたい」と整った顔に笑みを浮かべて大斗の包帯をほどきはじめた。




