六章二節 - 穀雨と軽鎧の武官
「こっちも色々準備してますよ。先日、城主たちから当日の布陣のあらましを教えていただきましたから。ここも少し移動があるかもしれませんね」
「そうそう! 俺ら風見騎馬隊は全員北――月日が拠点になるらしい」
「わしらは、西の山脈側じゃ!」
「俺はこのまま城下本拠地」
「わたしは――」「俺は――」
与羽の周りにいる男たちが口々に自分の配置を教えてくる。
一度に話されて、到底全てを覚えきれるものではなかったが、与羽は頷きながら聞いていた。
騎馬兵は城下の北や西の平地で華金兵がそれ以上北上するのを防ぎ、弓兵の多くは城下町で敵兵の侵入を防ぐ。
歩兵は騎馬兵同様城下周辺をはじめ、城下町内の見回りなども任されているらしい。
身軽で山歩きになれた者たちは、華金山脈内にも配置される。
「今回、風見騎馬兵百で、黒羽は歩兵と騎馬兵合わせて三百ですけど、風見は一騎当千! 黒羽よりも働いてみせますよ」
華金山脈を挟んだ国――風見からやってきた兵の一人が、筋骨隆々の太い腕を叩きながら自慢げに言えば、
「なにをぉっ! お前たちの南で華金から守ってやってんのは、俺たち黒羽だぞ!」とこちらも華金山脈を挟んだところにある黒羽国の男が怒鳴る。
はたから見れば国際問題にも発展しかねないような言い争いになることもあるが、風見と黒羽は国境を接する仲の良い国で、お互い顔見知りの兵もいる。じゃれ付いているだけなのだ。
「それなら、中州の志願兵は千以上ですよ」
誰かが得意げに言う。
その挑発的な言い方に与羽はひやりとした。
慌てて声のした方に首をめぐらせる。
与羽を囲む男たちのいる庭よりも高い位置――縁側から、見慣れた顔が挑戦的な薄笑いを浮かべている。要所を鋼で覆った軽装の鎧を身に着けているのは、戦が近いからだろうか。
「今の、大斗先輩ですか?」
兜をかぶればすぐにでも戦場に立てそうな彼を不安そうに見ながら、与羽はそう問いかけた。
「ひどいなぁ。声でわかってくれなかったの?」
縁側から中州国武官――九鬼大斗が答える。いたって普段通りの調子だ。
「不用意な発言はやめてください。士気にかかわりますし、下手をすれば国際問題になります」
「別にいいよ。俺は自ら国のために戦ってくれるみんなを誇りに思ってる」
「……やけに素直に賞賛しますね」
与羽は首をかしげた。
「姫様、姫様。あの方って――?」
「中州国武官第二位。九鬼大斗です」
控えめに尋ねてきた兵に与羽が答える。
大斗はいつもの横柄さで、会釈することもなくそれを聞き流していた。
初対面の兵は、予想外の上級武官に姿勢を正したり、自己紹介をしたりしようとするが、大斗は完全に無視だ。まっすぐ与羽だけを見て手招きした。
与羽がそれに従うと、大斗の登場ですでに崩れかけていた与羽を囲む輪が完全に切れた。
「なんですか?」
縁側の下から見上げて尋ねる。
「もう少し静かなところで話したい」
「…………」
普段辺りをはばからずに行動する大斗の珍しい言葉に、与羽はまじまじと彼の顔を見つめた。その表情にいつもの余裕のある笑みはなく、いたってまじめな顔をしている。




