六章一節 - 穀雨と天幕の群
「今日も雨……」
与羽は城内の建物をつなぐ渡殿の欄干に肘をつき、あたりの音に耳を澄ませていた。目は閉じている。
一番近く聞こえるのは、空から落ちるしずくが地面や屋根を叩く音。それにかき消されながらも、城内のいたるところで交わされる会話や足音、弓の弦音――。
ここ数日、雨が多い。
そろそろ梅雨の時期だ。空はうす灰色の雲に覆われ、しとしとと雨が降り続く。戦の恐怖と相まって人々の気持ちを暗くするが、本来なら稲の成長を助ける歓迎すべき時期。
「月見川の流れは、龍神月主の涙」
城の近くを流れる月見川の轟音を聞き分けながら、何となく中州に伝わる龍神伝説の一節をつぶやいて、与羽は顔をしかめた。月主の名をつぶやいた瞬間、前の冬に同盟国天駆で出会った月主神官のことを思い出したのだ。
年齢不詳の愁いを帯びた顔立ちに、長い前髪に隠された鋭い目。
そして――。
「……嫌なこと思い出した」
与羽はひとりごちて、目を開けた。
少しの間物思いにふけっていたが、それも終了。欄干から離れ、自分がやろうと思っていた作業に意識を向ける。
一度両腕を頭の上まで上げて背伸びし、本殿へと足を向けた。
雨でも雨戸を全開にしてある縁側から、前庭に視線を遣った。いつもは岩とわずかな草木しかないそこには今、所狭しと天幕が張られている。
ここで中州全土から集まった志願兵や、他国から来た兵が寝起きしていた。
城下内の空き家や城の客間などを彼らのために開放しているが、足りていない。城の敷地内をはじめ、広大な敷地を持つ月日本家やその裏の月日の丘、漏日本家など城下町やその近郊のいたるところに同じような天幕が張ってある。
与羽は、暇を見てはそこで寝起きする人々にあいさつをして回っているのだ。
本来なら中州城主である乱舞の仕事だが、彼は朝から晩まで主要な官吏たちと会議を行い、なかなか時間が取れない。そんな兄に代わって、毎朝、朝食が終わり一息ついた時間帯を見計らってここまで来て、たわいもない話をしている。
「おいおい、姫ちゃんあんまりこっちに来ると汚れますよ」
すでに見知った兵が庭に下りてこようとする与羽に注意した。
庭のほとんどすべてを覆うように、油を塗って水がしみこまないようにした布で屋根が作ってあるが、そのふちからは水が流れ落ち、地面に水たまりを作っている。
「洗えば大丈夫です。上等な服を着てるわけでもありませんし」
与羽は無邪気に笑って、草履で庭に下りた。
油布の下に張られた天幕の間を屈強な男たちが行き来している。
狭い空間でも剣の素振りを欠かさない者、油布に水がたまって重そうに沈み込んでいるのを下から鞘で突き上げ水を取り除く者、刀を研ぐ者――。
大柄な雷乱に慣れているためか、彼らの巨体は与羽にとってそれほど恐怖ではなかった。
「今日はひとりですかぃ?」
与羽の周りに男たちが集まってくる。
誰もが与羽より背が高く、体格もがっちりした者が多いので、壁に囲まれているようだが、与羽に圧迫感を与えないためか全員彼女の間合い外に立っている。
「はい、みんないろいろ準備していて」
与羽はわずかに表情をくもらせたが、その違いがわかるほど与羽のことを知っている者はいない。




