五章七節 - 落果と紅の羽根
雷乱は長くため息をつくと、体を起こした。
のろのろとたんすの引き出しを開け、底から手のひらに乗るくらいの巾着を取り出した。慎重に中のものを並べる。
「これが弟の歯、こっちはおふくろの爪、親父の髪と妹の髪。妹が置いて行った金。妹がどうやってこの金を手に入れたのか、いまだにわからねぇ。
こっちは上の姉の着物の切れ端と字を教えるときに書いてくれた和歌だ。
下の姉の折れた簪の一部。
あの時妹に渡せなかった藤の花。だいぶぼろぼろになっちまったがな――。どれも、オレの大事な家族だ」
与羽に紹介しながら、雷乱はその一つ一つに触れた。
いとおしそうに。さびしそうに。
「雷乱……」
雷乱に何も言われる前に、与羽は雷乱の大きな頭をそっと抱きしめた。
「何でそんな大きなこと。つらいこと。ずっと言わんかったんよ!?」
「聞かれればいつでも答えたぜ」
いつもの口調に限りなく近く雷乱は答えた。にやりと笑って、与羽を見上げ――。
「なんでお前が泣いてんだよ?」
与羽の目からは静かに涙がこぼれていた。
「あんたが強がって泣かんからっ!」
そう怒鳴った瞬間、与羽の目から散った滴が雷乱のほほを濡らした。
「別に強がってるわけじゃねぇよ。オレはもう十分泣いた。一生分の涙を流しきって涸れちまったのさ。それに、今は幸せだしな。こんな状態で泣けるわけがねぇ。家族以外で、オレのために泣く奴がいるとは思わなかったぜ」
手探りで形見をすべてかたづけて、巾着をわきに置き、雷乱は膝立ちになった。立った与羽よりわずかに頭の位置が低いだけになる。
まだ自分の頭を抱く与羽の肩に頭を預け、雷乱はそっと与羽の背を撫でた。
「だが、……そうだな。お前に話すのは怖かった。
オレはたくさん汚ぇことをやってきたからな。それを話した時、お前はオレを見捨てるんじゃねぇか――。それがずっと怖くて、自分から話そうとは思えなかったし、できればずっと知られずにいたかった。
こうやって話しちまったってことは、やっぱりどこかで話したかったのかもしれねぇな……」
「私が、あんたを見捨てるわけない」
「だろうな。今なら信じられる。お前を、守るぜ――」
――与羽。
口はそう動いたものの、声は出なかった。
「お前のために、前線に立って戦ってやるよ」
「……前線に立たんでも、私を守ることはできるでしょ?」
「はっ」
与羽の冷静な問いに雷乱は笑った。与羽を小馬鹿にしたように。
「お前は自分の身よりも中州全体のことを考えてるんだろ?
お前だけ生きてても、中州がなくなったんじゃ意味がねぇんだろ?
だから前線に立って中州を守るんだよ。中州とお前をな」
いつか大斗に言われたことをずっと自分の中で噛み砕いて見つけた答えだ。
――大斗に気づかされたのは気にくわねぇがな。
そう思いつつも、それほど嫌な気はしなかった。
与羽の驚いたような、喜ぶような、はたまた悲しむような――。今まで見たことのない表情を見ることができれば。
「ありがとう、雷乱」
笑いながら、噛みしめるようにそう言ってもらえるのならば。
「これくらい当たり前だ」
雷乱も笑んで答える。心からの正直な気持ちで。
そして、与羽の頭をなでた。壊れ物を扱うようにやさしく。
――すべてを失ったオレに、お前はもう一度居場所をくれた。お前を、オレの家族みたいな目にはあわせねぇ。
今度は絶対に守り切って見せる。
「だから、戦にも出る。お前と、お前の大好きなこの国を守るために」




