五章一節 - 薄雲と中州の姫
与羽は黒表紙の歴史書五冊を、一週間ですべて書き写した。辰海や竜月、時には絡柳に見守られながら、少しずつ噛みしめるように。
「中州は好きか?」
最後の一冊を卯龍に渡した時、彼はそう尋ねた。
「はい」
与羽はその問いにためらいなくうなずいた。どれほど中州や古狐が裏で汚い仕事をしていると知っても、やはり与羽はみんなのいる中州が大好きだ。
与羽の明るい笑みに、卯龍の中にあったためらいも消えたようだった。
「俺も中州と城主一族が大好きだ」
卯龍は与羽をまっすぐ見据えて言った。
その口調は、いつも与羽に親しく話しかける父親のような口調ではない。一人の官吏に話すのと同じように、厳格に、そして信頼を持って話している。
「中州と城主一族を守るためなら、何でもする。何を犠牲にしても守る。そう考えて俺は、今回の戦略を考えている。お前たちを守るために千人殺す必要があれば、俺はためらわずにそうするからな」
「わかっています」
与羽も卯龍から目をそらさずに言った。試されているのだと思った。
「それが古狐の役割なら、私たちは古狐が少しでも手を汚さなくて済むように、民をまとめ、巨大な矛となっていち早く敵の戦意を奪います」
与羽の中州の姫としての答えに、卯龍はふうと息をついてほほえんだ。
「今の言葉……、俺に美海ちゃんがいなかったら、確実に惚れてたぞ」
卯龍は大きな手を与羽の頭に置き、わしゃわしゃと撫でまわした。
「お前と乱舞がいれば、たとえ俺に何かあったとしても中州は安泰だな」
「……卯龍さん?」
「冗談だ」
卯龍はいつもの若々しいさわやかな笑みを浮かべてみせる。
「さぁ、約束だからな。お前を戦に参加させてやる。ただし、見るだけだぞ。その代り、お前が知りたいことは全て教えてやろう。お前の部下にも伝えなきゃならないだろうしな」
「雷乱と比呼?」
「そうだ。彼らは中州の官吏じゃないからな。町民や農民と同じ志願兵の扱いになる。いや、比呼の方は薬師が率いる医療班に組み込まれるかもしれないな。
だが、雷乱は志願兵扱いになるだろう。彼の力は知っているから、それなりにいい場所には就けるだろうが、情報は武官ほど回ってこない。志願兵にまで戦のこまごました戦略を教えていたらきりがないからな。下級武官にさえ教えないことはたくさんある。だが、部外秘じゃない。お前が雷乱や他の人に教えるのは自由だ。
知ることで命が助かることもあるだろうし、雷乱はまだ中州の戦のやり方を知らないだろうから、よく教えてやることだ。基本的な陣形のこと、地形のこと、水のこと――」
「わかりました」
与羽はうなずいた。
「とりあえず俺からは、大まかなことを教える。あとは、北斗でも大斗でも乱舞でも、知ってそうな人に聞いてくれ。辰海も俺が知っていることのほとんど全てを把握しているはずだ。すべての会議に出席させたからな」
与羽はもう一度うなずいて、卯龍の説明に耳を傾けた。




