五章二節 - 雨煙と黒鷲の騎馬
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翌日の中州は雨だった。朝から激しく降り続き、中州城下町を囲む二本の川はしだいに水かさを増していく。
昼ごろには月見川は茶に濁り、流れの轟音が城にいてもはっきりと聞こえてきた。城は水面より十メートルほど上にあり、さらに生垣で囲まれているにもかからわず、だ。
人工的に造られた中州川の水量を調節するための水門にも、容赦なく濁流が叩きつけている。
乱舞が血相を変えた水門管理の官吏に水門をいつもより大きく開いて、平地に水があふれない程度に水を流すよう指示を与えているのを、与羽は見かけた。
この日、中州城下町に百騎の騎馬隊が到着した。中州に迫る戦の知らせに、助力にやってきた風見の騎馬だ。
華金山脈を挟んだところにある風見国から中州城下町までは、普通で片道一週間。どれほど急いでも三日はかかる。この到着の速さから、中州からの伝令が到着するや否や、中州への助力を決めたのだろうと察せた。
もしかしたら、風見の間諜も華金が中州へ戦を仕掛けようとしている情報を得て、すでに準備していたのかもしれない。
与羽は前庭の隅に追いやられた天守閣からその様子を眺めていた。後ろには、風見の騎馬隊が来ることを与羽に伝えた竜月が控えている。
「あれが、風見の騎馬兵か……」
与羽は無感動に呟いた。
雨霞の中でも、白い旗に描かれた黒い鷲がくっきりと見える。
「風見って、銀姉が嫁いだ国よね?」
銀姉とは辰海の姉――銀龍を与羽が呼ぶ時の呼び名だ。
「そうですよ~」
竜月が答える。
「あちらで一番力のある貴族のおうちに嫁がれました。領主一族との血縁も濃く、旦那さまは二十代半ばにして大臣だとか。あの騎馬兵たちも銀龍さまがお口添えしてくださったのかもしれませんね」
銀龍は辰海よりも二つ年上。乱舞と同い年だ。
六年前――十四の時に風見へと嫁いでいき、今は娘が一人いるらしい。
与羽は銀龍と過ごした幼い日の思い出をたどった。
銀龍は与羽とは対照的にしとやかで、外に出ることも少なかった。与羽はよく文字や和歌を教えてもらっていた気がする。
白い肌に母親譲りの少し癖のある波打った黒髪。花や虫を自慢げに持っていくと、淡くほほえんで「すてきね」と言うような落ち着いた深窓の令嬢だ。
高貴な雰囲気と洗練された上品な物腰が身についており、どこの領主級の家に嫁に出ても恥ずかしくない教育を施されていた。
今考えてみると、卯龍は自分の娘をわざとそう育てたのかもしれない。
城主一族をはじめ、自由恋愛が多い中州で古狐は政略結婚が多い。銀龍もそうだったし、卯龍も銀龍が嫁いだ風見の南――黒羽領主の従妹を嫁にもらっている。
これも、城主一族を思った古狐のやり方なのかもしれない。
城主一族が彼らの愛した人と結ばれるように、本来城主一族が負うはずの政略結婚の可能性を古狐が率先して肩代わりし、平和的な絆をつくっていく。そうしなければ、銀龍の政略結婚の話は与羽に降りかかっていたかもしれないのだ。
「……守られとるね」
与羽はつぶやいた。辰海の城主一族に対する篤い忠誠心の告白は、まだ鮮明に思い出せる。
――辰海くらいなら守れるかな……。辰海くらいは好きな人と――。




