五章三節 - 雨煙と憤懣
「何で辰海はとっとと好きな人見つけて結婚せんのかな? 顔はまぁええし、引く手あまただと思うんだけど」
「ご主人さま、本気でそう思われているんですか?」
独り言のつもりだったが、竜月は耳ざとく与羽のつぶやきを聞いてそう尋ねた。
「…………」
与羽は――。
「雷乱のとこ行って、昨日聞いた戦の話してくる」
逃げた。
「ご主人さまっ! それ、辰海殿のことを考えたら、一番最悪の選択ですよ!」
竜月のいつもより厳しい声が聞こえる。
――そんなこと、分かっとるし!
与羽は心の中で叫んだ。
辰海が与羽を大事に思っているのは知っている。
それが、与羽が城主一族だからという理由だけでないのも、なんとなく察してはいる。
だが――、
「あぁっ!! くそッ!」
与羽は雨戸が半開きになった縁側を歩きながら、悪態をついた。
「戦さえなければ――」
そしてすべてを戦のせいにする。
戦がなければ黒表紙の歴史書を読まされることはなかった。そうすれば、古狐の話を聞くこともなかった。
いつかどうにかしなくてはならないことが、今表面化しただけなのだが、何かのせいにしなくてはやりきれない。
与羽は自分の頭の中を整理した。
様々な感情を追いやり、いつもの無関心さを装ってやらなくてはならないことを考える。
第一は戦関係のことだ。昨日の時点で、比呼は薬師一族の率いる医療班の手伝いをすることが確認できた。
あと与羽に忠誠を誓った家臣は雷乱のみ。彼の身を守るのが、人の上に立つ者として今最も優先されるべきことだろう。戦について話し、少しでも彼の身に降りかかる危険を減らさなくてはならない。
雷乱が戦に出たくないといえば、乱舞やその他大勢に頭を下げても彼を戦力から外す。
戦が確定してから、与羽はほとんど雷乱に会っていなかった。
与羽が限られた人しか入ることを許されない中州の屋敷にある自室にずっとこもって歴史書を写していたという理由もあるが、一番は戦の相手が相手だからだ。
華金生まれの雷乱にとって、今回の戦は中州の人間として初めてのもの。
しかも、相手は自分の出身国――華金。
何と声をかければ良いのかわからず、雷乱が自分を訪ねてこないのをいいことに、この一週間できる限り避けてきた。しかし、歴史書という理由もなくなった。意を決して、与羽は城内にある雷乱の部屋の前に立った。
男性使用人が暮らす棟の一室。
雨が吹き込まないように、雨戸は縁側の様子が薄暗く見える程度にしか開けられていない。そのおかげで、明り取り用の火が燃えているのが障子越しに見て取れた。
雷乱の在室を確信し、与羽はゆっくりと息を吸い込んだ。




