四章七節 - 夕暮と真の歴史
「責めたりなんか、しない」
与羽は辰海がゆっくりめくる歴史書を見ながらつぶやいた。
「そうだろうね」
辰海は弱々しくほほえんだ。
覚悟はしていたが、なんとなくわかっていた。与羽のことはよく知っている。
「これがばれた時、城主一族は君同様、僕たちを責めはしなかった。でも、ひどく嘆いた。自分たちにもう少し決断力があれば、残酷さがあれば、古狐の手を汚させずに済んだのに。
せめてもの罪滅ぼしのつもりだったのかな。城主一族はこの黒表紙の歴史書の書き直しをはじめた。普段歴史を管理している僕たちに指示することなく、自分たちで。
そして、出来上がったのがこれ。
古狐は悪くない。全部自分たちが指示してやらせた。そういう内容に書き換えたんだ。そして、この本を官吏にできるだけ読ませるようにした。でも、本当の事を知っているのは、古狐と城主一族だけ。
僕たちは君たちを守るために、手を汚した。そして、君たちは僕たちを守るために、歴史を書き換えた。だから、この本は僕たちと君たちの罪の塊なんだ。
こんな汚い本、君には読ませたくない。でも、僕は案外この本読むの好きなんだ。古狐の城主一族に対する愛と、城主一族から古狐への思いやりを感じるから。内容は、残酷だけどね」
「辰海」
「君たちは何も悪くないよ。君はこの本を読んで、君の祖先や血に嫌悪を感じたかもしれないけど、それは違う。君たちがやったわけじゃない。全部、君が知らないところで僕たちがやったことだ。
以降の巻を読めばわかるけど、急に拷問や生贄の数が減るときがあるよ。そこが僕たちのやってきたことが君たちに見つかっちゃった時。
城主一族はいつの時代もやさしかったよ。中州の歴史を管理してきた古狐の次期頭首――古狐辰海が保証する」
辰海は言葉を惜しまなかった。与羽には、すべて言って聞かせなくてはならない。たとえ言葉の裏に隠した慰めを察しても、信じないからだ。
こういう時の与羽は、自分が話し手の意図に反して、都合よく解釈しただけだと考えてしまう傾向があることを辰海は知っていた。
「君も、君に流れる龍神の血も無垢で純粋で、とってもきれいだよ。僕の血は、きれいじゃないけどね」
そう言って自分の手のひらを見つめる。
「でも、いいんだ。君たちがきれいでいられるなら。
ねぇ、与羽。もし、戦で君を守るために僕がたくさんの人を殺しても、許してくれる? もちろん、僕は僕自身を許せないと思うよ。でも、君さえ許してくれれば、僕は――」
以降の言葉は飲み込む。
「…………」
与羽はしばらく答えなかった。それだけ、何でも知っていると思っていた幼馴染の言葉が意外だったのだ。
「……やられる前にやる。戦なんて、そんなもんでしょう」
何とか出した結論は、ややあいまいだったが辰海は与羽の言葉の真意をちゃんと理解した。
「ありがとう」
そう与羽を抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
与羽の体は温かくて柔らかい。
「じゃあさ、逆に――」
与羽はそこまで言って言葉を途切れさせる。しかし、辰海には質問がわかった。
「君が殺す前に、僕が殺るよ」
与羽の体がこわばった。
「でも、大丈夫」
それを安心させるように、辰海がいつもよりもやや低い声でゆっくりと言う。
「今回の戦で君は前線に立たないから、そんなこと起こり得ない。安心して」
「辰海……」
「与羽、今日は早めに休んで。一日中これを写してたんでしょ?
大丈夫。まだ時間はある。焦らなくても、ゆっくり君がやりやすいようにやればいいよ。苦しくなったらいつでも言って、僕は――古狐は、君たちのためにいるんだから」
辰海は黒表紙の歴史書を閉じて、そっと与羽の頭を撫でた。
「ん……」
与羽が短く辰海の言葉に了解の返事をする。
そっと辰海が持ってきたくだものに手を伸ばした。
もう、与羽は大丈夫だろう。辰海はそう判断して、与羽から体を放した。名残惜しいが、いつまでも抱きしめていたら与羽が不機嫌になる。
今は卓上の明かりしかないので、立ち上がってほかの燭台にも火をつけて回った。部屋全体が、ぼんやりと橙の光に包まれる。
「夕ご飯はどうする? ここに運ばせようか?」
「……お願い」
そう答えた与羽の声も、いつもの張りを取り戻しつつあった。
「けど……」
「ん?」
「辰海も一緒に、いい?」
辰海ははっとして与羽の方をうかがったが、与羽はくだものを載せた皿を抱え込むようにしてうつむき、桃やらリンゴやらを手当たり次第にかっ込んでいた。表情を見せないようにしているのだ。
強気な仮面で隠しているが、その本性はとてもやさしくて、さびしがり屋で繊細な姫君。そう意識すると、与羽がどうしようもなくいとおしく思えてくる。
「もちろん」
辰海は溢れそうになる想いをやさしい笑顔で押さえつけて、そううなずいた。




