初実戦、初配信
なんか俺のいた会社、大手との継続取引が消えたとかで騒ぎになっているらしい。
経理のおばちゃんが『これをきっかけに社長も変わってくれないかねぇ』なんて楽しそうに報告してくれた。その大手とやらは竜胆グループの子会社らしいけど、俺の退職とは無関係だと信じたい。
それはさておき。
免許証の交付は、一週間後だった。
事前に一週間から十日かかると言われていたけど、その中でも最短の日程で取得できたことに大満足である。
そしてその短い一週間の間に、百万ほど掛けて配信用のドローンも買ったし、バタバタと引っ越しも済ませている。ついでに車も使わないだろうから、売ってしまった。
東京――しかもダンジョン特区だけあって、アパートの一階で家賃十五万の1K(八畳)という非情に苦しいものだったけど、ゴブ子のためを思えば安いものである。家賃を半年分前払いさせられたけど、これから頑張ればいいさ。
前に住んでいたところは1LDKで五万だったのに……! おかげで働きだしてからコツコツ貯めていた貯金が一気に半分になってしまったぞ。
ゴブ子のために、もっと稼がねば。
というわけで、やってきました東京第一ダンジョン。
東京第一ダンジョン特区の中心にあるこの建物は、取得物の買い取り受付、緊急医療センター、探索者サポート、装備レンタルなどなど、数多くの機能を有している。広々した役所って感じ。
この施設には、ダンジョン内犯罪者を秘密裏に消している人たちもいるなんて都市伝説があったりするんだよな。恐ろしいぜ。
ただ、ダンジョンに入るだけなら煩雑な手続きは必要ない。
探索者免許証をピッ。顔認証ピッ。
それでオッケー。
俺とゴブ子は装備品を持っていなかったので、俺は剣と盾、ゴブ子は剣と胸当てをレンタルしている。あとは自前のリュックが持ち物だ。
初心者用ということで、レンタル費用は一日で千円ピッタリ。これもまた、探索者優遇の一部ということなんだろう。
その他、探索者用の雑貨屋で下級ポーションを四本ほど購入。
下級ポーションは浅い傷ぐらいなら一瞬で治癒できるし、深い傷の深部を癒してくれる。
お値段はひとつ五万円! 合計二十万円!
高いのか安いのか、探索者に成りたての俺にはいまいちピンとこないが、十層以降でしか手に入らないらしいし、まぁこんなもんなんだろう。
「一層は人が多いんじゃないかと思っていたけど、そんなにいないんだな。平日だからか? いや、そもそも東京のダンジョンは深いから、強い人しか集まってないのか……? 土地代も高いもんなぁ」
見切り発車だったかなぁと少々不安になりつつも、階段を下り、ダンジョン内に入る。
階段を下り切ったらそこには縦横十メートルほどの広く薄暗い洞窟が奥へと続いており、三組のトレーナーとパートナーが壁沿いで休んでいた。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃっ!」
率先してゴブ子がトレーナーたちに頭を下げて挨拶をしたからか、彼らは「お、おう……こんにちは?」と戸惑っていた。きっとゴブ子の可愛さに戸惑っているに違いない。
初対面の人にも元気に挨拶できる良い子でパパはとても誇らしいです。
俺の顔を見ると口の端を引きつらせて一歩後ずさっていたが、それは気にしないことにする。
洞窟内は、光源が無いのにも関わらず、薄暗い程度で済んでいた。
壁が発光しているのか、空間自体が発光しているのか、はたまた全く違う原理なのか。いまだによくわかっていないらしい。
スマホに表示される一層の地図をチラ見して、ある程度安全が確保できそうで、それでいて人気の少なそうな場所へ進む。
ダンジョン内に電波は通じるものの、残念ながら位置情報は取得してくれないので、自分の位置は把握しておかなければならない。
昔はそもそもダンジョン内に電波が通じなかったらしいのだが、ダンジョンが出現して一年が経過するよりも前に、世界は対応して見せた。
ダンジョン内に満ちている魔素を経由させて――デバイスには魔石を――なんて専門家の人がテレビで言っていたけど、一般人の俺からすれば『へー、便利になったもんだ』程度のものである。
遠目に一匹のDダンゴムシを見つけたところで、リュックに入れていた配信用ドローンを起動。
ブンと浮かび上がったドローンを確認して、スマホで配信の設定をする前にゴブ子に声を掛ける。
「ゴブ子、いよいよだぞ。待ちに待った本番だ。だが、張り切りすぎるのは良くない。いつも通りを心がければ大丈夫なんだから、焦る必要はないんだぞ? お互い怪我には気を付けような」
片膝をついて、視線をゴブ子に合わせて言った。ゴブ子は「ぐぎゃ」真面目な表情で頷き、腰に提げているレンタルした剣をポンポンと叩く。『任せろ』ということだろうか。
「よし。じゃあ配信をつけるから、頑張ろうな。もう一度言うけど、怪我には気を付けること。危なくなったら即撤退だ」
「ぐぎゃ」
百層まであるんじゃないかと言われているこのダンジョン。
日本の最前線は七十層台。竜胆兄妹がいる場所が、日本の最前線だ。
しかし探索者になったうちの二割は、五層にすらたどり着けない。そこまでに心が折れるか、死んでしまう。夢はあるのかもしれないが、それぐらい、危険な職業なのだ。
心が折れた探索者は、ダンジョンに潜らず、ただ睡眠時間が二時間増えた覚醒者となる。
覚醒者からただの人間に戻る方法はただ一つ。パートナーの死亡だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうもみなさん初めまして、『ゴブ子の成長記録チャンネル』です。配信は俺、ツカサとゴブ子の二人でお送りいたします。ゴブ子、一緒にカメラに向かってご挨拶しようか――よろしくお願いします」
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」
ぺこりと頭を下げるゴブ子。可愛いねぇ可愛いねぇ。
しかし俺たち、当たり前だけど配信の経験なんてない。だけど色々なダンジョン配信者を見て、ある程度流れはわかっているつもりである。
幸い、配信を付けたところで視聴者はゼロだったので、壁に向かって話すつもりでトークをすることができた。昨日も自宅でゴブ子と挨拶の練習をしたし、問題ないつもり。
「俺とゴブ子は今朝免許証を交付されたばかりの超初心者です。ほら、この免許証の交付日の日付、今日になってるでしょう?」
そう言いながら、指で免許証の個人情報を隠し、顔と日付だけが映るようにドローンへ向ける。
誰も見てないんですけどね。
「俺もゴブ子も当然レベル1。俺たちの成長記録がアーカイブに残るように、そしてゴブ子の可愛さとカッコよさが世界に伝わるように、これから頑張ります!」
もう一度ぺこりと頭を下げて、スマホをチラッ。視聴者は一瞬1になって、すぐに0に戻った。悲しいね。
何はともあれ、ダンジョンに来たからには魔物を討伐しないと。
俺たちはピクニックに来たわけでもなければ、雑談配信をしにきたわけでもないのだ。ゴブ子と一緒ならどこでも楽しいが、楽しんでばかりもいられない。
十五万の家賃だけでなく、俺やゴブ子の生活費もしっかりと稼がないといけないからな。最低でも月収四十万ぐらいは確保しておきたい。
一層で頑張ったところで収入はたかがしれているので、戦い、レベルアップしていかなければ。
高い家賃を今後も継続して払うためにはかなり稼がないといけないけれど、俺とゴブ子ならできるだろうという根拠のない自信がある。
いや、根拠が無い訳ではないか。十年もの間、訓練してきたんだから。
「よし――ゴブ子、まずは俺が行く。ホログラムと勝手が違うかもしれないからな」
遠目に見えるDダンゴムシを見据えながら、ゴブ子に語り掛ける。
どうやら内容はなんとか伝わったらしく、やや不満そうに「ぐぎゃ」と返事をした。
足音を立てずに、静かに近づいていく。魔物がこちらに体を向けそうになった瞬間に駆けだした。
「オラァッ!」
まずは先手必勝、ショートソードでDダンゴムシを斜めに切りつける。声を出したのは、気合を入れるため。実物を相手にしたのはこれが初めてだったから。
ホログラムと違って、しっかり反動はくる。しかし現実といえ、ダンジョン内の生物には血が通っていない。
斬りつけた部分からは、血の代わりに紫色の煙のようなものが漏れ出す。血が通っていないとは言ったけど、魔物的にはこれが血なのかもしれない。
これはゴブ子たちも同様だ。
切り付けられたDダンゴムシは、ピョンと跳ねるようにして丸まったあと、距離を取った俺に向かってゴロゴロと転がってくる。それを、ラウンドシールドで受け止めた。
ドンッ――と、重々しい音が響く。
「むっ、衝撃は結構重たいが、盾があれば思ったほど危険は無さそうだ」
たぶん、鍛えてない人が横っ腹に喰らったら、あばらが折れるぐらいの衝撃。
「よし、ゴブ子。俺が引き付けているから後ろから攻撃を頼む」
「げぎゃっ!」
ゴブ子は返事をすると同時に素早く駆け出してくる。そして、俺と同じショートソードでDダンゴムシを数回切りつけた。
戦闘系の意思伝達は、日常生活の意思伝達よりは楽に伝わる。
魔物が戦いに特化していると言えばそうなんだろうけど、それで戦い方を知らないというのだから、やはり謎だ。
俺の初撃と合わせて、合計四回。それで、討伐完了。
Dダンゴムシは全身を煙にして、消えていった。
残されたのは、大豆ぐらいの薄紫の石。魔石と呼ばれ、エネルギー資源として、またはパートナーの食事として利用されるものだ。
「これ一つで三百円――命がけの報酬としては、割に合わないよなぁ。やっぱりもっと下に行って、他のドロップ品も狙わないといけないか」
もう少し地下に進むと、魔石だけでなく、ポーションや鉱石や皮なんてドロップ品が魔物から出て来ることもある。
いったいどういう仕組みだとツッコミたいが、魔物やダンジョンが現実に現れている以上、そういうものだと納得する他ないのかもしれない。
「ゴブ子、記念の初ドロップだし、これは売らずに家に持ち帰って飾るか?」
「ぐぎゃ?」
「いや、ゴブ子のご飯用じゃない。そっちは別に準備してるから」
食べるジェスチャーをしながら首を傾げていたので、それは否定しておいた。まぁそれっぽく飾っていたら、間違えて食べてしまうこともないだろう。




