実力で黙らせる
免許センターにて受付を終えて二日後、早くも試験の日がやってきた。毎週日曜日にやってくれているらしいのでね。
そして筆記試験は無事満点で通過しました。フラグはきちんとへし折りましたとも。
「顔こわ……あれ何歳ぐらい? 三十超えてね? いまさら登録?」
「リストラでもされたんじゃねーの? 顔で」
「しかも――ぷっ。ご、ゴブリンって――。本人はオーガみたいだし」
「おいおい、人の魔物を笑うんじゃ……ハハッ、ちっさ。親子かよ」
「子供服まで着せちゃってさ、おままごとしてるつもりなんじゃなーい? マジキモーイ」
試験会場に集まっていたのは、四月という時期の関係もあってか、ほぼ全員が大学生や高校生ぐらいの人ばかり。
俺みたいな三十代の人間は見渡す限りいないようだった。
俺はそんな場違いな雰囲気よりも、ゴブ子をバカにしたような発言がチラチラと耳に入って来ているのが気に食わなくて仕方が無い。
怒鳴り散らさないように自分を抑えるので必死だ。
ただ、ゴブ子をバカにされて何もしないのも父親として情けないので、この顔面凶器を最大限に活用して、思いっきり睨みつけておいた。サッと目を逸らされたらし、これ以上バカな発言はしてこないだろう。この顔もたまには役に立つな。
本音を言えばもっと直接的に対処したいところだが、相手は子供、相手は子供と必死に言い聞かせて事なきを得る。
それにここで問題を起こせば、ゴブ子に迷惑がかかってしまう。そんなことは絶対許されないぞ。
実際、過去に試験会場で乱闘騒ぎを起こし、受験資格を失った人もいるらしい。
「では、受験番号52番の方、準備ができたら合図をしてください」
免許センターの制服を身に着けた青年が、淡々とした口調で声を掛けてくる。
俺とゴブ子は、ガラスで囲まれた大きな部屋にいた。テニスコート二面分ぐらいの、大きな部屋だ。
他の受験生から見られるし、声も聞こえてくる。俺の順番が回ってくるまで他の受験生の試験も見ていたけど、わりと落ちる生徒が多いんだなという印象。
人間の方はまだいいが、パートナー側の魔物が負ける。
じたばたと手足を動かしているうちに、何度も攻撃を食らってしまってアウト判定。
「先入観ってあるよなぁ。魔物は戦える生物だって」
そう口にしながら、隣にいるゴブ子の頭を撫でる。嬉しそうにぐぎゃぐぎゃと鳴いていた。
おそらく、魔物を召喚できるようになった当初、全世界の人を困惑させたのではないだろうか。
俺たちによって召喚された彼ら彼女らは、戦い方を知らなかった。
どうやって攻撃をしていいのかわからない。どうやって防御していいのかわからない。
俺たちの考える魔物とは、似て非なる生物だった。いったいこのパートナーたちは、召喚される前、どんな暮らしをしていたのやら……謎だ。
だから探索者は、パートナーとなる魔物を教え導く者として、トレーナーと呼ばれることもある。
「ゴブ子、準備はいいか? まずはゴブ子からだぞ?」
俺が問いかけると、ゴブ子は貸出されたセンサーのついた剣をブンブンと振るってやる気をアピール。ぐぎゃ~という可愛らしい返事も忘れない。
「準備、できました」
「はい。――ではパートナーから試験を始めます」
試験官の青年がそう言って片手を上げると、部屋の中央――俺たちから二十メートルほど先に、小型犬サイズのダンゴムシのような生物が現れる。『Dダンゴムシ』という捻りもクソも無い名前が正式名称の魔物だ。
ホログラムなので、体は薄く透けていた。
「あのチビゴブリンじゃ無理だろ、さっきスケルトンナイトも負けてたんだぜ?」
「あれは指導ゼロだった。剣の持ち方すらわかってなかったよ――ま、ゴブリンって探索者のイメージ悪くなりそうだし、僕としては落ちてほしいね」
「キモイよね~。犯されそうだし~」
そんな心無い言葉たちが耳に届く。睨みが足りなかったらしい。もしくは、聞こえないとでも思っているのか。
部屋のガラスをぶち破って殴りかかりたい気持ちを抑えて、深呼吸。ゴブ子を舐めていられるのも今のうちだぞ――そう自分に言い聞かせて。
「行ってこいゴブ子、いつも通りだ」
そう声を掛けると、ゴブ子は「ぐぎゃっ」と楽しそうに返事をして、素早く駆け出す。
出会って間もない頃は、ゴブ子は走るのが苦手だった。すぐガニ股になってしまうし、足の上げ下げもドタバタしちゃうし、体は大きく左右に揺れる。
しかしこの十年で、俺たちはコツコツと訓練を積み重ねた。
正しい走り方を勉強した。何度も鏡を見て、何度も失敗して、何度も試行錯誤した。
走り方だけじゃない――戦闘に関わる全てを、積み重ねてきた。
「――なっ!?」
ガラスの外から、そんな困惑したような声が聞こえてくる。
試験官の青年は、声を上げてはいなかったが、驚いたように目を見開いていた。
駆け出したゴブ子は、姿勢を低く、地を這うように、熟練の探索者たちのように、敵の魔物へと近付いていく。
敵がゴブ子の疾走に反応すれば、素早く左右に体を動かして、的を絞らせないようにした。
「げぎゃっ!」
そしてすれ違いざまに、剣を横薙ぎに一閃。そのまま流れるように背後へ回りながらさらに一閃。怯んだ魔物のとどめを刺すように、上段から気迫の籠った振り下ろし――それを最後に、呆気なくホログラムの敵は消えた。
敵を倒し終えたゴブ子は、楽しそうに「げぎゃっげぎゃっ」と鳴きながら俺の元へ走ってくる。戦闘時とは違う、ぴょこぴょことした可愛い走り方だった。そして、俺の体に飛びついて両手両足を使ってしがみつく。剣はその場にポイしていた。
「よーしよしよしよしよし! かっこよかったぞ! 最高だなゴブ子! よーしよしよしよしよし!」
「くきゃ~」
周囲に人がいるのも忘れて、ゴブ子のパフォーマンスを讃えていると、試験官の青年がハッとした表情を浮かべて、慌てたように口を動かす。
ゴブ子も甘えモードらしく、柔らかい声で鳴いていた。
「えーっと、51、じゃなくて、52番、合格ですね。はい、では次の――」
「あの、俺はまだ何もしてませんけど」
「あっ――失礼しました」
なんて。
俺の試験を忘れられる――というちょっとしたハプニングがありつつも、試験は無事に終了した。
俺たちがガラスの部屋を出るころには、他の受験生のバカにしたような言葉は、聞こえなくなっていた。




