昔のゴブ子
バタバタと、忙しくも楽しい二週間を過ごした。いっぱい寝られるって素晴らしい! いっぱいゴブ子と過ごせるって素晴らしい!
両親へ退職したことの説明、ゴブ子の訓練、新しい部屋探しに、ゴブ子と料理のお勉強、ゴブ子と一緒にダンジョン配信者の視聴もした。あと、ゴブ子とお絵描きもした。
会社を辞めた後の一週間は、経理のおばちゃんと退職手続きのあれこれを連絡したり、元同僚から何度か質問の連絡があったけれど、それも収まったし、ようやく自由になれた気がする。
貯金はゴブ子の為に節約していたからそこそこあるけれど、いずれ収入は無くなる。
そのため当初の予定通り、ダンジョンで魔物を倒して稼がなければいけないのだけど――そもそも俺、探索者免許、まだ持ってないんだよな。
調べてみたら、ダンジョン特区への引っ越しも、やはり探索者免許がないと難しいみたいだ。
ダンジョン特区はダンジョンの周囲に造られた、主に防衛の役割を持つ街だ。
今からおよそ十年前に地球のいたるところにダンジョンが出現したわけだが、政府が対応に追われる中、一部のダンジョンからは魔物が溢れ出し、周囲に殺戮をもたらした。
単純に、ダンジョン災害と呼ばれている。
今となっては、原因が『ダンジョン内の魔物の間引きを怠ったため』ということがわかっており、少なくとも日本では十年前の一度以降、災害は起こっていない。
今ではダンジョン特区も防衛という機能はたしかにあるんだろうが、俺の感覚的には、ダンジョンに通いやすく、パートナーである魔物を連れ歩いても問題の無いエリア――そんな印象だった。
「豪田司さん。これは……随分と変わった経歴ですね」
九州にある俺の住むアパートから一番近くにあるダンジョン特区(それでも電車で一時間以上かかる)。東京にある日本最大の特区と比較すると小さな特区だけど、それでも直径一キロはある街だ。
中心にはダンジョンにつながる地下への階段があり、その周囲に各種手続きをする役所だったり、探索に必要な商品を扱っているお店だったり、探索者のための住居があったりする。
特区の外周は、万が一魔物が外に出た時のために、分厚く高い塀で囲まれている。その壁が機能しているのを俺は未だに見たことがないけれど、それは平和の証なのだろう。
そしてそんなダンジョン特区の中にある、探索者免許センターにて。
対面に座った窓口の女性が、不思議そうな表情を隠しもせずに問いかけてきた。
「この覚醒者登録の日付……豪田さんは初期のダンジョン被災者ですか? その時に覚醒を?」
彼女の言う覚醒者というのは、ダンジョンに入り、パートナーとなる魔物を召喚できるようになった人物を指す。
とはいえ、誰も彼もが興味本位で覚醒者となるわけではない。
パートナーの食事となる魔石で月に最低でも三万円は掛かるし、覚醒者となった人間は、睡眠時間がおよそ二時間増える。
かくいう俺も、覚醒前は五時間睡眠に慣れていたのだけど、今では七時間寝ないと眠気がひどくなってしまう。疲れている時は十二時間以上寝る。
この性質のせいで、元から仕事の拘束時間が長い人は、睡眠時間を確保できずに退職してしまう人なんかもいたようだ。俺は週末に寝だめして、なんとかなっていた。
だからそもそも、パートナー欲しさに覚醒者登録だけして探索者になっていない人間ってのは、ダンジョンが出現して十年経った今では、なかなか存在しない。
「そうですね。初っ端に東京のダンジョンに飲み込まれまして」
「やはりそうですか……しかし、なぜまたこのタイミングで免許を取得しようと?」
「やっぱりダンジョンって危ないでしょう? 浅い層でも平気で死ねるぐらい。だから少しでも、ウチの子が危なくないようにトレーニングをしていたんですよ。会社も辞めたし、いいタイミングかなと」
「豪田さん、変わってるって言われません? 十年ですよ?」
「親バカとは言われますね」
「納得です」
受付の女性が笑ってくれた。この人は悪い人ではない。
パートナーがゴブリンであることも提示しているし、そしてゴブリンを『ウチの子』と言っても怪訝な表情は浮かべない。探索者――トレーナーはそういう人も多いだろうしな。
「では、試験に関しても問題なさそうですか? 探索者免許の試験では、トレーナーもパートナーも、それぞれが一層の魔物のホログラムに対し、勝利を収める必要がありますが」
「もちろんです。実戦形式の訓練もたくさんやっていましたから。もちろんホログラム相手ですけど」
「なるほど。では心配なさそうですね」
受付の女性はそう言ってまたニコっと笑う。笑顔が似合う素敵な女性だなぁ。
ゴブ子と出会う前だったら、『綺麗な人だ、彼氏はいるのかな?』なんて気になっていただろうけど、年のせいか、もしくはゴブ子と出会ったからか、そういう恋愛云々に興味が無くなってしまった。
ゴブ子が可愛すぎて、そういう美的センスがよくわからなくなってしまっているのかも。
「試験とは別に、トレーナーさんの筆記テストもありますからね。免許センターが作成した冊子から出題されますので、そちらもお忘れなく」
「ゴブ子のためですからね。一言一句丸暗記しましたよ。何ページの何行目に何が書いてあるかも覚えてます」
いつか来るテストのために前々から勉強していたからな。
ルールが変わるたびに冊子を免許センターに貰いにいったもんだ。
「なんて非合理的な……親バカですね」
「お褒め頂きありがとうございます」
俺の筆記テストで試験に受かりませんでした――なんて言われたら、ゴブ子に合わせる顔がないからな。
なにせ俺は、戦いたいという彼女を十年待たせてしまっている。
まぁ、最初の最初は見る物すべてが新鮮だったようで、ゴブ子は戦いよりも純粋にこの世界と楽しんでいたようだが。
~~十年前~~
ダンジョンが世界中に出現して、日本ではあわただしく自衛隊が動き回り、各国で次々に新たな情報が飛び交う中、俺は政府の人に案内されたホテルの一室で、小さなゴブリンと向き合っていた。
魔物を召喚できるということで、一時は重要参考人としてガチガチに確保されていたけど、ダンジョンに入った人がみな魔物を召喚されるようになったからか、俺の重要度がグッと下げられたらしい。
それでもまだ、家には帰して貰えないんですけどね。
俺としても、このまま家に帰っても不安だから、情報が素早く得られそうな場所で待機をしておきたいからいいんだけどさ。
俺が召喚したゴブリンは、ベッドに腰掛けている俺をぽけ~っとしたアホ面で見上げている。人間が物珍しいのだろうか?
現時点で召喚した魔物が召喚主に襲い掛かるようなことは発生していないらしいし、今後のためにも交流を深めておこうと召喚してみたのだが……どうしよう。とりあえず話しかけてみるか。
「なぁお前、お前ってどこからきたんだ? いったいなんなんだ?」
俺の顔面は少々凶悪らしく、話しかけると顔を引きつらされたり悲鳴を上げられることも多いのだが、そのゴブリンは「ぐぎゃ?」と首を傾げるのみ。
その仕草は危険な魔物というより、幼気な人間の子供を見ているようで、なんとも反応に困る。
「魔物に言葉が通じるわけないか……」
俺と一緒にダンジョンに飲み込まれた美男美女の兄妹は、どうやら二人ともドラゴンを召喚できるようで、政府の人たちからとても期待されているらしい。俺とは全く扱いが違った。
まぁドラゴンとゴブリンじゃあねぇ。比べるまでもないか。
しかも俺の召喚したゴブリン、なんかやけに幼い気がするし。魔物にも大人や子供があるのか? というか体を見る限りメスのようだから、せめて何か服を着せておきたいところなんだよな。
そんなことを考えていると、そのゴブリンは辺りをキョロキョロと見まわしたのち、ぺたぺたと足音を鳴らしながら部屋の中を歩き始める。
照明を見上げたり、備え付けの電波時計を眺めたり、エアコンをじっと見つめたり。
いちいち『これはなんだろう?』とでも言いたげに首を傾げていた。
そしてナイトテーブルの上にあったティッシュを不思議そうに眺めたあと、何を思ったのか、それをポイポイと引き出し始めた。薄汚れた大量のティッシュが、部屋の中を舞い踊る。
「ぎゃーっぎゃっぎゃっ」
「おいおい何してんだ!? ってうわ、ティッシュが真っ黒じゃねぇか! そして散らかすな! ちょっとお前、一回こっちにこい!」
「げぎゃ?」
「はいはい、言葉はわからないんだよな。ちょっと体を抱えるぞ?」
そう言いながらゴブリンに近づき、寸前で止まる。
敵だと判断して襲い掛かってこないよな……? 俺とこいつの関係性がいまいちよくわかってないけど、たぶん仲間的ポジションだよな?
ま、まぁいざとなったら送還すればいいんだろうが、ちょっと怖い。
ビクビクしながら、ゆっくりと手を伸ばす。
だがそんな恐怖心と戦っている俺とは裏腹に、脇に手を差し込まれたゴブリンは不思議そうに俺を見上げる。体を持ち上げると、楽しそうに「ぐぎゃぎゃ~」と鳴いていた。
「子供か! いや、子供なのか……」
「ぐぎゃ?」
「とりあえず、手を洗うぞ。このままじゃ部屋が汚れる――いやいっそのこと全身を洗ったほうがいいか」
「ぎゃーぎゃっぎゃっ」
「はいはい、楽しそうで良かったですね。高い高―い」
ふざけてそんなことをやってみると、予想以上に楽しんでいるようだった。まじで子供みたい。興奮して手足をバタつかせるせいで、俺の手や服にも汚れがビッシリだ。
「いつまでも『お前』呼びじゃ不便だから……名前は、んー、ゴブ子でいいか? 覚えやすいし」
「ぐぎゃっ!」
「よし、じゃあ今日からお前はゴブ子な。そしてさっそくミッションだ。体の汚れを落としてから、部屋のお片付けするぞ」
「ぐぎゃっ!」
わかってるのかわかってないのか不明だけど、返事だけはしっかりしていた。




