第73話 ユキの話
第73話 ユキの話
「私たちラウラ財団でも解けない謎があるのです」
その言葉が、おれの新しい冒険の始まりだった。
「謎?」
ユミさんは意味ありげにおれの顔を見た。
「ええ、でもその謎を説明するには、まずユキという人物を知っていただかなければなりません」
「あの、……そのユキさんなんですが、何故海に乗り出したんでしょう?」
「ヤスべが知り合ったラウラ・アレクシアはベネチア商人の娘で、ヤスべの死後ユキは彼女の養子になったんです。当時の海運は商売の王道でしたから、海に出てゆくのは自然な流れだったと思います」
治安の悪い命懸けの外洋交易に乗り出したのだが、ユキの商船団は安定した実績を積んでいたという。
「なにしろユキの交易船には、イングランドの海賊ウィリアム・ハックと三百人の部下達が乗り組んでいたのですよ」
「海賊ですって!」
「そうです、面白いでしょ」
「いや、面白いなんてもんじゃないでしょう」
その後はユミさんから、ユキがどうして海賊と知り合ったのか、詳しく話を聞かせてもらった。
掠奪をもくろみ停船命令を出して商船に横付けなどした海賊は、驚愕の展開を目にする。普通の交易船だと思っていたのに、海賊が乗り組んでいるではないか。
ユキの名がヨーロッパ中に響き渡ると、もうユキの交易船を掠奪しようなどと試みる海賊が居なくなってきた。
ところがある時、旗からユキの船と分かっていて手を出して来た海賊が居た。いきなり大砲を撃ち込んで来たのだ。海賊船は一隻なので、ハックは商船四隻を連携させ対処した。海賊を警戒するユキの指示で、常に複数の船で交易をするようになっていたのだ。
「船長、海賊です」
近づいて来るそれは、確かに海賊船だ。ハックにとっては見慣れた光景である。
「舵を切れ。回り込むんだ。銃の覆いを外せ」
海賊船からの威嚇でも何発かの砲弾はあたる。飛び散った木片がハックの頬をかすめる。
「突っ込め!」
剣を抜いたハックの命令で、一隻の商船が海賊船にほぼ体当たりをした。
「野郎ども、やっちまえ!」
ロープを伝い次々とハックの手下が海賊船に乗り込む。驚いたのは海賊である。無害な商船を襲ったつもりが、手練れた者どもが剣を抜いてかかって来たではないか。海賊たちは完全に虚を突かれた。
こうなるともうどっちが海賊なのか分からない。甲板上で血みどろの戦闘が開始された。その内に反対側にも別の商船が横付けされ、新たなハックの仲間がなだれ込んで来ると、これで流れは変わった。
残った海賊は甲板の片隅に追い詰められたのだが、ハックの手下は頭に血が上っていたのか、降参する海賊全員を切り殺して海に投げ込んでしまい甲板は血の海。
この話が伝わると、もうユキの商船に手出しをする海賊は全く居なくなってしまったという。
その後ユミさんとは安兵衛の話でいつまでも盛り上がった。
もちろん時空移転に関しては話さなかったから、辻褄を合わせるのに苦労した。うっかり現代人が知り得ない事まで話してしまいそうになる。
「ヤスベってそんなに強かったんですか?」
「ユミさん、彼の剣術は特別なんです。最初の一撃で相手を必ず倒すという、必殺の剣法で、目の前で見るとその凄さは信じられないですよ」
おれは夢中で話しているから、ユミさんが「えっ」って顔をしたのに気が付かなかった。
「何しろ安兵衛があの狭いアパートで刀を抜いた時は……、あっ、その……」
「……まるで、その場にいたようなお話ですね」
しまった。やっちまったな。これはどう説明したら良いんだろう。
「お話を伺っていると、何かヤスベが前の前に居るようじゃないですか。そこまで彼にのめり込んでいるなんて……」
「あっ、はい、その、すみません、安兵衛の話になるともう見境が無くなるんです」
「そんなに熱心でお詳しいのなら、一度ヤスべのお墓詣りをされてはいかがでしょう」
「墓参り!」
なんと、ユミさんがおれ達をモルドバに招待してくれると言うではないか。彼女は日本に自社のプライベート・ジェットで来ているらしい。おれは興奮して即答した。
「あっ、はい、行きたいです」
こうして、おれと結菜さんは、安兵衛が眠るモルドバへ向かうことになった。




