第74話 安兵衛の碑文
数日後、空港のプライベートジェット専用ターミナルに来ている。リムジンに乗せられ、着いた先に待っていたプライベート・ジェット。
タラップの下まで来ると俺はすぐある事に気が付いた。
「YASUBE!」
機体にはローマ字でYASUBEと書いてあるではないか。
「ユミさん、このヤスべの文字は……」
「気が付かれましたか。そうです、会社の名前をヤスべにしてあるのです」
「これでもプライベートジェットなんですか?」
「旅客用にすれば三百人以上は搭乗できるサイズです」
機内に入ると、これはもうホテルだ!
もちろん結菜さんも飛行機以上に舞い上がっていた。機内では何もやる事が無いから、散々飲み食いして、モルドバに着いた。もっと乗っていたかった……
空港を出ると、静かでお落ち着いた綺麗な街という印象だ。この世界でもさほど豊かな国というわけでは無さそうなのだが、YASUBEは欧米中に営業所が点在しているグローバル企業で、その資本力は突出しているようだ。
さっそく安兵衛の眠るお墓に案内してもらうことにする。場所は丘の上という話だったが、どこまで行っても緑豊かな住宅街が続いている、
「着きました。ここがそうです」
「えっ」
確かに墓らしい公園になっているのだが、周囲を住宅が囲んでいる。
「ヤスべが葬られた時は、ただの丘でお墓以外に何も無い場所だったそうです」
「そうですか」
墓は石造りで周囲も綺麗に整備されていた。おれと結菜さんは、途中の花屋さんで買ってきた花を手向けて手を合わせた。
「安兵衛、おぬしの活躍は大したもんだったんだな」
思わず声が出た。それはおれの本音だった。ところが、墓石をよく見てみると、名前などの下に、なにやら碑文が刻まれているのに気が付いた。墓石の下の方に、小さな文字が刻まれているのだ。
「ん、なんだろう?」
近寄って読んでみると、ローマ字で書かれている。何度か読み直して、息をのんだ。
「まさか!」
「どうしたんですか?」
「結菜さん、これを読んでみて」
指差された碑文を結菜さんが読んでいる間に、ユミさんに聞いてみた。
「ユミさん」
「はい」
「この碑文は初めから書かれていたものですか?」
「それは死期を悟ったヤスべ自身が、墓石に刻むようにと書いたものらしいのです。その後も立て替えるたびに同じ碑文が刻まれました。私には意味が良く分かりませんが、何かとても重要な言葉なのでしょうね」
おれは改めて安兵衛を思い、墓石に手を添えた。
「……まさか、おれが来ると信じていたのか?」
墓石の碑文はオランダ式ローマ字で刻まれていた。
「お会い」が「UOAI」と表記されている。
TONO MATA UOAISIMASITANA YASUBE
(安兵衛さん、あなたは……やっぱり、残していたのね……ありがとう)
もちろんそんなトキの独り言は聞こえない。
四百年前の安兵衛が、おれに話しかけている。墓には約4百年前に生きた安兵衛からの伝言が刻まれていたのだった。
「結翔さん」
「はい」
ユミさんがおれを見つめ、改まって聞いて来た。
「この碑文の意味は何ですか?」
「えっと……」
「結翔さん、私に本当の事を話して頂けますか」
「えっ、本当の事!」
まずい、これはまずいぞ。4百年も前の安兵衛がおれに声を掛けて来ているなんて、どう説明したらいいんだ。




