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第71話 先祖は日本から来たサムライ


 ユミ・アレクシアと名乗った女性は先祖を意識して学んでいるらしく、流暢な日本語を話した。モルドバで商社を経営してる方のようなのだが、信じられないくらい美しい方で、カフェに入り向かい合って座ると、おれはまともに声が出なくなってしまった。おれの弱点がもろに出てしまう。


「…………」

「今日はいらして頂き有難うございます。結菜さんからいろいろお聞きして、是非お会いしたいと無理にお願いしてしまいました」

「あっ、そうです、あの、結菜さんはその、えっと今は、はい、えっと」


 おれはテーブルの下で、隣に座る結菜さんから思いっきり足を蹴っ飛ばされてしまった。


「私の先祖は日本から来たサムライで、古文書では「ヤスべ」と記されています」

「そうですか」


 足の痛みでおれは自分を取り戻した。


「そのような名前の剣豪って、実際に居たのでしょうか?」

「はい、その侍でしたら、多分私の知る者ではないかと思います」


 ユミさんはおれの返事を聞いて目を輝かせた。


「では日本の歴史に名前が残っているのですね」

「はい、実際に彼と会っていた私は、あ、いや――」

「…………」


 さあどうしよう。おれが四百年前の人物と会っていたなんて言えるのか。当たり前だが、奇人変人、危ない人の部類に入ってしまう。

 パラレルワールドなんて実際に観測することも不可能で、その存在を肯定することも否定することも出来ない。


「詳しく教えて頂けますか」


 ひょっとすると、おれより安兵衛のその後を知っているのか?


「……それはもちろんです」


 おれは熱心に聞き入るユミさんに、安兵衛に関して知っている事を話して聞かせた。但し時空移転に関わる部分はごまかした。おれ自身もまだこの変化してしまったらしい世界に、すっきりしないものを感じていた。何がどう変わったのか確認も取れていないのだ。

 この世界では、ヨーロッパでヤスべと呼ばれ有名になっているらしいサムライは、五島安兵衛。思わぬ展開からおれ、つまり当時は秀矩の配下となる。しかし、その安兵衛がなぜ東ヨーロッパなどに行っていたのか。その辺の事情は全く分からない。


「オスマン帝国で彼はどのような暮らしぶりだったのかご存じですか?」

「オスマン帝国!」

「はい、ヤスべはそこで私の先祖、ラウラ・アレクシアと出会ったようなのです」

「………」


 これは参った。おれは何も知らないではないか。あの安兵衛の身に一体何が起こっていたのだ。もうユミさんに教えるどころではなくなってしまった。何とか知っている昔の話をしてお茶を濁した。

 ユミさんと別れた後すぐ書店に行き、あらゆる歴史書を棚から引っ張り出して、遅まきながら安兵衛に関する記事を読み漁った。それでやっと分かったのだが、オスマン帝国や今でいう東ヨーロッパに渡って大活躍をしたサムライとして、どうやら有名になっているようだ。あの安兵衛が日本を飛び出し、遠い異国でそんな働きをしたのか。

 戦国時代に転生して現代の知識を有効に活用したおれだったが、新しいこの現代では逆に知らない事だらけだ。おれの元居た時代とは随分様子が違うと分かってきた。それはそうだろう、なにしろ家康が敗れて秀吉の嫡男秀矩が天下を治めたのだから。

 結菜さんはユミさんからまだ数日のガイドを引き受けているようだ。おれは新しい現代に続く安兵衛の足跡データを頭に詰め込んだ。

 だが、その時のおれはまだ知らなかった。ユミ・アレクシアこそが、その安兵衛の遺した巨大な歴史の中心に立つ人物だという事を。そして翌日、ユミさんから思いもよらない招待を受ける事になる。


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