第66話 イギリスのフリゲート艦の乱入
審議委員の選挙ではやはり問題が噴出する。
「新井さん、豊臣の家臣たちが騒いでおります」
豊臣家の者は選挙によらず、一定数は確保されるべきだと言い張っているのだ。審議委員の発言権が増すにしたがって、このままでは豊臣家の意見が通らなくなるのは分かり切った事である。何としてもここは豊臣側の委員数を増やそうと画策し出した。もちろんそれに気づいて対抗策を出してくる勢力とのいがみ合いが始まった。
「センキョは公平でなくてはならない」
「いいや、豊臣が一定数を確保する事自体が公平なのである」
「何故豊臣だけが特別扱いを受けるのだ」
「当たり前ではないか」
「何が当たり前なのだ!」
さらに選挙の当日になって、投票用紙を配る際の混乱がまた凄まじかった。
「新井さん!」
「今度は何だ」
「投票用紙を奪い合ってます」
用紙を配る制度もなかなか定まらない内に選挙を初めてしまったのである。力づくで用紙を奪う、一旦箱に入れた用紙を略奪する。もう収取が付かないとはこの事である。さらにやっと審議委員が定まったと思えば、
「儂を委員に、これだけあればなれるじゃろう」
「あんた、この用紙を何処から……」
後から投票用紙の束を持ち込んでくる輩まで現れる始末であった。
「それにしても問題は豊臣軍です」
「そうですね」
「審議委員会の下に置くと言う事は、豊臣の家臣たちは絶対受け入れられないでしょう」
「確かに」
「どうしたら豊臣の家臣たちを納得させられるのだろうか」
「…………」
皆の発言はいつもここで行き止まってしまう。
「あの、この際天皇に御意見を出して頂くのはどうだろうか」
「いや、それはちょっと」
「いやまてよ、それは良いかもしれない」
「しかし、天皇の御意見とは……」
「いやいや、そうではない」
ついに名案が出された。
「皇軍?」
「皇軍とはどういう事ですか」
「豊臣軍ではなく、皇軍と呼び名を改めるだけです」
「…………!」
ついに豊臣家の軍を皇軍とする案が浮上して、大阪城にもたらされた。
豊臣軍が審議委員会の所属となるのは抵抗が有る、しかし皇軍になると言えば、何となく反対することがはばかられる。同じ事なのだが、皇軍という言葉には重臣達も納得してしまうものがあった。
つまり、これからは朝廷の軍となり、豊臣家の軍では無くなるという事だ。もちろん城内には反対する者もいたのだが、やはり時代の流れには抗えない。
審議委員会の思惑通り、豊臣軍は皇軍となる事が決定され、指揮権は新たに新設された軍事委員会が統括する事となった。
この時代、庶民の楽しみは瓦版だが、特に人気のあったのが語り部の語る昔話しだ。通りで子供はもちろん、大人までもが聞き入っている。
「……げーむより現れた邪気は鬼か魔物か。剣豪安兵衛も竜神から賜った刀を振るって、邪悪な獣の足を切り落とす。そこに登場したのが我らの布里他様だ。手にはバテレンの如意棒、発止と獣に突き出した!」
「バチ!」
「エレキの火花が飛び散り」
「ギャアーー」
「魔物はたまらず、大坂城から雲を霞と逃げて行ってしまった」
「さあそこで……」
この話を聞く観衆の中から、決まって出て来る疑問が、
「げーむとは何の事じゃろう?」
「さあ」
人々の疑問に答えられる者は、語り部を含めて誰も居なかった。
新井白石は実用的、実証的学問を奨励し、外国法の研究にも力を注いだ。とくに洋書の輸入を奨励して、また先の将軍秀矩自ら西欧の事物へ旺盛な関心を示していたことは、審議委員会の発展に大きく影響している。
十八世紀末、フランス革命戦争が勃発すると、オランダはフランスに占領され、植民地はフランスの影響下に置かれることとなる。
そして、アジアの制海権は既にイギリスが握っていたため、フランス支配下の貿易商は中立国であるアメリカ籍の船を雇用して長崎と貿易を続けていた。
そして長崎で事件が起こった。
イギリスのフリゲート艦は、敵国とみなしていたオランダ船拿捕を目的に、オランダ国旗を掲げて長崎へ入港した。
これをオランダ船と誤認、出迎えのため船に乗り込もうとしたオランダ商館員二名が拘束される。それと同時に船はオランダ国旗を降ろしてイギリス国旗を掲げた。
豊臣の直轄地だった長崎の奉行所ではこのフリゲート艦に対し、商館員を解放するよう要求したが、
「水と食料を要求してきました」
「拘束された者は解放されたのか」
「それが……」
さらにイギリス艦の艦長は、供給がない場合は港内の和船を焼き払うと脅迫してきた。
「本国海軍の支援艦隊が近海にいる。何時でも来航する手はずになっているのだ」
そのように恐喝された奉行所である。人質を取られ十分な兵力もない状況下で、やむなく要求を受け入れる。だが要求された水は少量しか提供せず、明日以降に十分な量を提供すると偽って、応援が到着するまでの時間稼ぎを図ることにした。
長崎奉行所が人質を救出しようとしても、奉行所側とイギリス側では火力の差がありすぎて歯が立たない。そこで湾内警備を担当する佐賀と福岡の大名に焼き討ちを命じる。さらに隣接する諸城の大名にも派兵を求めるが、各大名達の対応は遅い。しかも警備担当の佐賀では、太平の世に慣れていたのか、経費を節減する為なのか、兵員の数を規定よりも大幅に減らしていたことが明らかになった。
イギリス側の行為は、明かに日本の主権を侵害している。だが、長崎奉行所は何ら効果的な対処が出来なかった。
後は援軍が来るのを待つのみとなったその夜、自国を辱めた責任を取るとして、長崎奉行は遺書をしたためた上で切腹を遂げる。また規定の警備兵の数を勝手に減らしていた佐賀の家老数人も、責任を取って切腹する事態になった。
この報告を受け、後に審議委員会からは切腹禁止令が出される事になる。
そして長崎の港では避難する市民でごった返した。
「みんな逃げろ、砲撃されるぞ!」
奉行が自決していた奉行所も大混乱に陥っていた。
そしてここ長崎港に、連絡を受けた皇軍九州師団が到着した。
「イギリスの戦艦は陸地からどの位の距離に停泊しているのだ?」
港にやって来た師団の司令官が、奉行所の役人に聞いた。
長崎港の中央付近に停泊していたとしても、岸からは五百メートルくらいと考えられる。報告を聞き、さらに自ら赴いて、停泊している戦艦を見る。
「この距離なら十分我が砲の射程範囲だろう。岸壁に全ての砲を並べろ」
戦艦と言っても三本マストの帆船だ。いざとなれば集中砲火でハチの巣にしてやろうというわけだ。
皇軍砲兵六個中隊、百二十門の移動砲が岸壁に配置される。以前の銃とは違い、有効射程距離、威力とも倍以上に増している、車輪に支えられた新式野砲だ。雷管の新しい点火方法が採用され、外部から打撃を加える仕組みになっている。もう火縄ではないから、雨も関係ない。
さらに、日本は新たな武器を開発していた。大砲のようだが、仁吉の絵図から弟子達が研究開発を続けていたもので、隼と名付けられた自ら飛行する砲弾だ。
大砲と違い飛びながら火薬が順に燃焼していく構造の為、発射時に大量の火薬による爆発がない。したがって大砲よりもはるかに軽い発射台ですむ。砲台の無い場所に、いくらでも即座に持ち込むことが出来る。その隼の発射台が二十基運んでこられた。
「仁座、どうすんだ。本当に撃つのか?」
「撃てと言われた撃つしかあるまい」
仲間から仁座と呼ばれた男は、隼を軽く手で叩きながらつぶやいた。仁吉の弟子で一番若かった男だ。
子供だったのだが、今では棟梁となっている。
「何処に飛んで行くか分からんぞ」
「そんときゃあそん時だ」
隼はいまだ未完成であった。二十発中、まともに飛ぶのは半分あるかどうかだ。この当時似たようなものでロケット弾がある。だが、ヨーロッパでは火砲の命中精度、射程が増加したため、ロケット弾は近代に至るまで戦争の表舞台に立つ事はなかった。
イギリス、オランダ両代表の前に出る皇軍司令官の太い声が響いた。
両国の代表達に、日本の指導者が来るので会ってほしいと言ってあったのだ。
「私は皇軍師団長の大塩平八郎です」
「…………」
「…………」
「我が国の役人が不手際をしたのなら、その者を処罰して謝罪を致します。だが、イギリス人はナイトの誇りを持っておられると聞き及んでおります」
「…………」
「イギリスでは他人の庭に入って、勝手に乱暴狼藉な振る舞いに及ぶ事を良しとするのでしょか?」
皇軍師団長はしっかりした英語を話した。中立国日本に来たのなら、日本の決まりに従ってもらいます、との毅然とした態度を崩さない平八郎に、イギリス人達は皆首をすくめ、しどろもどろの返答となってしまう。
さらに平八郎は言葉を続けた。
「脅迫を受けた以上は、わが国もそれ相当の覚悟が御座います」
イギリスの艦長と他の者達を外に誘導して沖を指さした。
「あの船をご覧下さい」
沖合に停泊させておいた和船がある。
そして平八郎は即座に号令を下した。
「撃て!」
百二十門の砲が一斉に火を吹いたのだ。
凄まじいい轟音と共に、辺り一面を青白い煙が覆った。
激しい砲撃がしばらく続き、やっと静かになる。煙が晴れてくると、正にハチの巣となった和船が転覆していくところであった。
「隼をこれに」
平八郎の命で二十基の発射台に備えた二十発の隼が、代表達の前に引き出された。イギリス艦も多少は持っているロケット弾とは、比べ物ならない大きさだ。車輪で支えられたミサイル発射台には、人の身長の二倍はあるだろう長さの隼が空をにらんでいる。
「あの戦艦に狙いを付けろ!」
命を受けた仁座が目配せをすると、弟子共が一斉に動いた。
隼の向きが全て戦艦に向けられる。
「あの変わった砲は、射程内なのか?」
副官が答えた。
「大きさを見ると、そのようです。さっきの砲撃であの和船は数分で沈みました」
「…………」
ここで平八郎が毅然と言い放った――
「我が国は戦など望んではおりません。それでも降りかかる火の粉は払わざるを得ないのです」
フリゲート艦の艦長はしばらく黙って港を見つめていた。沖に停泊する自艦を見ているのである。百二十門の野砲に未知の飛翔兵器……
「……日本と戦う命令は受けていない。」




