第65話 豊臣軍の行方
「殿……」
「ん、どうした?」
「その、生徒達が参っております」
城下で学ぶ生徒達の代表数名が、大阪城の秀矩に面会を求めて来たのだった。
「秀矩様、私たちの審議書を持参致しました。是非ご意見をお伺い致したく存じます」
「審議書?」
「はい」
生徒達は日本の内政や外交のあり方を審議し、その内容をまとめたので、秀矩様のご意見を伺いたいと言って来たのだった。
秀矩は、うなってしまった。そこまで生徒達の意識は高まっていたのかと。
「分かりました。これは重要な事なので、後日、日本の内政を総括している太郎兵衛殿ともども、いちど皆さんと一緒に議論する場を設けましょう」
と読み終えた秀矩は答える。新しい試みを全く否定しようとしない秀矩に、生徒達の顔は明るかった。
実は太郎兵衛も隠居を申し出ていたのだが、秀矩がまだ後継者が居ないと無理やり引き留めていた。日本は海外に門戸を広く開け、何人も拒まず教えを請いていた。その卒業生達が郷里に帰って、さらに子弟を増やし続ける。秀矩の希望した人材は、既に全国に広がり始めていた。秀矩(勝家)と佐助の試みが実を結び始めていたのだ。
「全国の大名達に触れを出して下さい」
「はい」
生徒たちだけではない、全国の大名の代表者も集め、秀矩ら全員が集まり審議を重ねようという趣旨だ。始めは大阪城で開かれたのだが、すぐ手狭になり、やがて大きな公会堂が建てられて、国会審議館と名付けられた。
審議委員制度も始まり、
「選挙で選ぶ?」
「ん、センキョとは何の事だ」
「審議委員を選ぶ制度の事らしい」
「何を言うか、審議委員はお上が決めて下さるだろう」
「いやそうではない、皆で意見を出し合って決める制度と言う事だ」
「そんな事をしていたら収拾がつかなくなるではないか」
「訳わからん」
「実はもっと解らん事がある。そのお上も皆で決めるとか」
「はあ!」
こうして新しい日本は大きなうねりとなって沸き上がり始めている。世界の講師から教えを受け、全国に広がった若者達の日本を改革しようとする流れは、もう誰にも止められないものだった。
新井白石が秀矩の始めた審議委員制度の委員に登用され、大坂城からさほど遠くない土地に建つ国会審議館の控室で議論する若者達がいる。
「布里他様とはどのような人物であったのだろうか?」
言い伝えによれば、未来から来て日本の改革をなさり、豊臣の政権樹立に多大な貢献をされたと言われている方だ。
「本当にそんな人物が居たのか?」
「だいたい未来から来るとは、どういう事だ?」
「神隠しの一種じゃないのか」
「いやいや、秀矩様は天狗と共に空を飛んだとか」
審議委員会の仲間が議論を交わせば、決まって布里他様の話題が出て来る。集まった者達誰もが興味を持っている。
「これはあくまで噂なのだがな、秀矩様は布里他様と同一人物だったと……」
「よさないか、そげんな話は」
「そんな事は無い、これは重要な話だ」
「それはおれも聞いておるぞ」
審議委員は全国から集まって来た若者達で、その論議される内容は日本の内政から外交まで多岐にわたっている。
さらにその影響は豊臣政権の政策にも及んでいた。
先の将軍秀矩様が他界されてから、すでに長い年月が過ぎている。
その秀矩様は、これからの日本は広く議論を通して、民意を反映させた政策を進めねばならないとして、征夷大将軍の地位を朝廷に返還しようとした。
日本の政治は実質、審議委員会の決議を基に進められるようになっていた。しかし最終的な決定権は、なお豊臣家に残されていた。
だが決して豊臣家が政治から一切手を引くという意向ではなかった。豊臣家中心の大名連合政権という構造を考えていた。この政権構造では、天皇は象徴として置かれており、審議委員会が審議決定して、行政は豊臣家が行う。しかし、それでは根本的な改革は無理だと、これに納得いかないのが審議委員会の過激派だった。
「豊臣家が軍権を握る限り、政治改革は不完全ではないか」
「そうだ!」
「国家の軍であるべきだ。特定の家の軍であってはならぬ」
「これからは審議委員会が方向を決めるのだ」
「しかし、そうはいっても、審議とは話し合うという意味では御座らぬか……」
「何を弱気な事を」
「…………」
紛糾に次ぐ紛糾であった。
「天皇が名実ともに国家元首であることが大前提ではないか」
「いや、それよりも、西洋諸国に倣った議会制の国づくりを目指すべきである」
すると、
「新井さん」
「ん……」
「先ほどから黙って聞いておられるが、貴方の意見をお聞きしたい」
委員の一人が聞いて来たのである。既に審議委員会参事となっている新井白石の発言権は大きい。
「豊臣家の軍はどうするのですか、新井さん」
日本の軍事力の過半数を占める可能性もあるとも言われる軍勢招集力を、そのままにしておくことは問題だと言うのだ。審議委員会の発言が政治を左右するとは言っても、まだ実際の決定権は豊臣家が握っている。つまりその気になれば、豊臣家が軍を招集して日本に独裁政権を確立する事も可能なのだ。
「秀矩様も今はおられぬ」
「布里他様の教えを受けた方々も皆鬼籍に入られた」
「今手を打たねばならぬのです」
「それは私も十分承知しています。やるべきは軍の一本化です」
「軍を失うのではない。天皇陛下にお預けするだけだ」
各大名に所属する軍ではなく、日本の軍として統一しようというのだった。
しかし、やはりというか、豊臣の家臣達は審議委員会の意向に不満を漏らしているらしい。
「それは豊臣家から軍を取り上げると言う事ではないか、新井さん」
「違います。日本の軍を作るのです」
「…………」
しかし、やはり豊臣派からは不満が聞こえて来る。
「豊臣軍を解体するということではないか」
「それは断じて許す訳にはいかない。我らが血を流して築いた天下なのだ」
「全軍を動員して一戦交えるしかない!」
「審議委員会におもねり過ぎているのではござらぬか」
大坂城の不穏な空気を感じ取った白石はすぐさま登城して、重臣たちと長い協議に入った。豊臣家で将軍職は秀頼の家系に連なる者が引き継いではいるのだが、まだ幼いため家老達の合議により政務を行っている。
「今はもはや豊臣がなどと言っている時代ではないのです」
「それは分かっているのだが……」
「日本は一つにならなければ、外国の勢力に対抗できません」
「しかし豊臣家としては……」
結局いつもと同じで、話し合いは物別れになってしまう。
最後には、ついに一人の重臣が刀の柄へ手を掛けた。
部屋の空気が凍り付く。
白石はゆっくり立ち上がり、重臣たちを見回してから、きっぱりと言った。
「戦をしてはならぬ」




