第64話 移り変わり
ここは仁吉の住んでいた屋敷である。
「これは何でしょう?」
弟子たちが仁吉の日記や残された遺品を整理していると、設計図らしいものが見つかった。
「砲弾か?」
「それにしては随分細長いじゃないか」
細い弾丸のような物の後ろに、火薬が何段にも詰まった構造の絵図だ。
説明書きでは、火薬は順に燃焼して、砲弾自身が遠距離に到達するまで飛び続けるとなっている。但し、あらぬ方角に飛んで行ってしまうので、羽を付けなくてはならないと但し書きが添えられている。
亡くなるまで新しい武器の開発に意欲を燃やし続けた仁吉であったようだ。誰もその価値を理解できなかった。後の時代の者が見れば、それはまるで飛翔する砲弾の構想図に見え、別の名で呼んだかもしれない。
「佐助さん、留学の人選は佐助さんの言う通りにしました」
女子と男子が五人づつ、十名が選考に選ばれた。最年長で十二歳、ほとんど十歳前後の者たちだ。
そのあまりにも幼い年齢を危惧する声が当然出たが、
「この子たちはこの先何年掛かるか分からない留学の旅に出るのです」
「…………」
「十年経てば二十歳ではないですか。若いほど異国の言葉や文化を吸収しやすいのです」
十人はイングランドに向かう交易船で出立する事になった。
その後も一年おきに留学は実行され、新たな者たちが旅立って行った。なんとしても日本の優秀な人材を確保するのだという、秀矩の強い意向だった。
佐助の屋敷に秀矩が来ていた。
庭からはうぐいすの鳴く声が聞こえて来る。歳月の流れは、若かった秀矩にも当然及んでいた。
「佐助さん」
「はい」
「私ももう後を継ぐ者を決めなくてはなりません」
「…………」
血のつながりなど関係ない、日本の為になる人材を登用したいのだが、自分の後を安心して任せられる人材はまだ育っていなかった。もう猶予が無い、だからこそ多くの若者をイングランドに留学させているのだ。しかしやはり時間は掛かる。秀矩一代で出来る事ではない。幸村殿も既にこの世には居ない。だが、思いも掛けない出来事が起こったのは、そんな事を考え悩んでいる時だった。
「殿」
「どうした」
「パイン様が行方不明との事で御座います」
「なに!」
イングランドとの仲介をしている貴重な人物だ。そのパインがもう何か月も行方が知れないという。シャムの自宅から、忽然と姿を消してしまったという話だった。パインに関してはいろいろな情報が錯綜していた。シャム政府や反政府勢力との抗争に巻き込まれたという話等がまことしやかに語られている。シャム王国では内乱の噂が絶えず、誰も真相を知らなかったのだ。
結局パインはそのまま二度と現れる事無く、人々の記憶から消えて行ってしまった。自宅には莫大な財産を残したままだった。
秀矩はまた佐助の屋敷に居た。
「佐助さん」
「はい……」
「残念な事になりました」
「そうですね」
何よりパインは佐助の良き話し相手でもあったのだ。特に服装を語る上でなくてはならない人だった。「サスケ」ブランドの輸出もこれで頓挫する事になる。パインが築いた販路は急速に縮小し、「サスケ」ブランドの輸出も停滞することとなった。
ただ佐助にとって頼もしいのは、学び舎の生徒たちが生き生きと活動を続けている事だ。もう佐助の助言が無くとも、自主的に前に進み始めている。
「秀矩様、思い悩む事はありません。あの子たちが後を継いでくれるではありませんか」
「そうですね」
年月が経つというのは、若者が成長するという事だ。留学に行った生徒達も、頼もしくなって徐々に帰り始める。さらに全国から学び舎に集まって来る生徒は年々増え続けている。秀矩や佐助の指示を待つまでもなく、現場では野心的な改革が進んで行く。学び舎だけではない、ついには勉学に男女の区別をつけるのはおかしいとの声から、共学の授業も試験的に実行されたのだ。学び舎には、イングランドやオランダをはじめ、ベネチア、スペイン、ポルトガルから集まった講師たちが教壇に立っていた。もはやそこは、日本の一地方にある学校ではなかった。世界そのものが集う学び舎になろうとしていたのである。




