第63話 日本との交易
安兵衛達の住まいは、コンスタンチノープルでの事情を聞いたラウラさんが手配してくれた。黒海を見下ろす丘に建つ、なかなかの館であった。
「ラウラさん、こんなにして頂いて有難うございます」
礼を言う安兵衛とミネリマーフにラウラは、
「私たち家族にして頂いたは御恩は、一生忘れません」
とほほ笑むのである。そして、時折安兵衛の顔を見つめるラウラ。その信じられないくらいに整う綺麗な横顔を目にした安兵衛は、何度もドギマギしてしまうのだった。
「ヤスべ様、ラウラさんは本当にお綺麗な方ですね」
そう言って安兵衛の顔を覗き込むミネリマーフに、安兵衛は思わずどきりとした。
ムラト3世が死去したという情報は、やがて日本にも伝わった。その後オスマン帝国は混乱しているという。
「殿、イングランドより連発銃の話で御座います」
「また来たか」
秀矩の家臣が声を掛けて来た。幸村は既に隠居して此処には居ない。
「この度はクロムウエル様からの要請で御座います」
イングランドでは内戦を勝ち抜いたクロムウェルが実権を握りつつあった。
「クロムウエル様から?」
「はい」
結局オスマン帝国に送るはずだった連発銃と弾丸は、クロムウエル宛に送る事になった。仲介はパインが行う予定だ。
安兵衛達がモルダビアに来てから暫くして、ラウラが館にやって来た。
「これはラウラさん」
一通りの挨拶が終わると、ラウラはビジネスの話を始めた。
「ヤスべ様、日本との貿易の手助けをしては頂けませんか?」
イスラムの国々がアジアからの香辛料交易ルートを握っている状況では、アフリカを回ってインドに行く海路しかないとヨーロッパでは考えられていた。ではあるが、
当時でも大西洋を西へ進む航海は危険が多く、多くの船乗りに敬遠されていた。
ラウラの説明では、スペインとポルトガルが大西洋経由での航路を開拓した今、ベネチアも遅れをとってはならないと考えている。だから日本と交易を始めてアジアに活路を開きたいというのだった。
「分かりました、拙者で出来る事でしたら、お手伝い致しましょう」
「有難う御座います」
安兵衛はさっそく秀矩様に宛てた手紙を書く。
その手紙はベネチアの交易船で日本に運ばれた。
「殿、安兵衛様から手紙が届いております」
「なに、安兵衛殿から」
もちろん安兵衛が書いた手紙を読んだ秀矩に異存など無い。すぐに手紙を運んで来たベネチアの交易船との取引が始まった。日本で積み込まれた新式火縄銃から、連発銃や弾丸は高値で売れるだろう。また船からはベネチアグラスなどが陸揚げされた。
「仁吉殿、また連発銃が売れますよ」
「分かりました」
と秀矩様に答えながらも、仁吉は頭を抱えていた。これ以上どうしたら連発銃の生産量を高めることが出来るのだ。すでに生産限度いっぱいの稼働率を維持しているというのに。
だがオスマン帝国のムラト3世が死去されたとあっては、もうオスマンに気を使う必要はない。日本はついにイングランドとベネチアの双方へ連発銃を売ることになった。イングランドのクロムウェル宛で輸出する事になっていた連発銃の量を減らし、ベネチアにも回す事にしたのだ。
新式火縄銃をまねて生産し始めていたイングランドだが、さすがに連発銃は仁吉の工夫があってか、なかなか真似出来ないようだ。だからいまだに輸入に頼っている。無理に増産する事はない。数が少ない方が高値になるではないか。太郎兵衛様も納得していらっしゃる。仁吉はそう開き直る事にした。
イングランドではクロムウェルが勝利し、ベネチアもまた勢力を盛り返していく。その陰には、日本から渡った連発銃と、それを結んだ人々の縁が静かに息づいていた。




