第59話 デザイン画
「殿」
「どうしましたか?」
幸村が深刻な顔で現れた。パインから少し話を聞いていたのだ。
「パイン様がいらっしゃいました……」
パインのもたらした報告は、ついにイングランドが連発銃の問い合わせをして来たというものだった。
ムガール帝国がオスマン軍の連発銃という火器に翻弄されている、という情報が、イングランド東インド会社を通じて本国にもたらされた。イングランドではすぐ、これは日本の新しい火器ではないかと疑ったようだ。何しろ新式火縄銃の先進性にはイングランドでも舌を巻いている。ひょっとするとサファヴィー朝ペルシャもその火器のせいで敗北したのではと。
「これは難しい問題ですね」
「…………」
イングランドと日本とは友好な交易国だ。すでに新式火縄銃は輸出しているし、連発銃も無下に断るわけにはいかない。だが今オスマン帝国はムガールと交戦中だ。そのムガール帝国にはむろん、イングランドに渡してしまうのも慎重に判断した方が良い。イングランドは日本と同じように、ムガール帝国とも交易している。どのようなルートでムガールに渡らないとも限らないのだ。
「返事はなるべく引き伸ばす事にしましょう」
「分かりました、ではそのように致します」
幸いこの時代、イングランドと日本では通信手段が限られている。何か月も、いや一年以上掛かる事も少なくない。返事の引き伸ばしはいくらでも出来る。
パインからは佐助にも報告が有った。
「デザイン画?」
「はい、デザイン画です。どうやら西洋小袖そのものではなく、佐助様の考案した意匠が求められているようです」
「意匠が?」
「はい。実際に輸出した衣服は、縫製や仕立ての面でヨーロッパ製に及びません。しかし、その形や発想は非常に珍しく感じるらしいのです」
佐助は戸惑っていた。
日本から輸出された服は、縫製技術がヨーロッパに比べ劣る。それは明らかだった。どこかヨーロッパの洋服とは趣が異なり、違和感を覚えられてしまうのだ。だからどんなに頑張っても、西洋小袖そのものを輸出するのは難しいだろう。だが佐助のデザイン画だけは、喉から手が出るほど欲しがっているというのだ。
パリでは「サスケ」というブランド名が、社交界の淑女だちの間で飛び交い、皆が新しいデザイン画を待ち望んでいると言って来た。
さらにパインが提示して来たデザイン画一枚の値段が信じられなかった。
「絵図一枚にそんな大金を払うと言うのですか!」
「そうです」
「…………」
「服ではなく発想を売る時代が来るのです。佐助様、彼女たちは服を欲しがっているのではありません」
「では何を?」
「新しい美しさです」
「…………」
「服は真似できます。しかし発想などは直ぐに出来るものではありません」
パインのビジネスマンとしての才能が、パリで十二分に発揮された結果でもあった。パインが何年もかけて貴族や服飾商へ売り込みを続けたところ、王侯貴族の婦人が身につけたことをきっかけに広まったというのである。デザイン画の一枚ごとに、宝石にも匹敵するような値段が支払われるというのだった。




