第56話 サスケ・ブランド
佐助は女子学び舎の初代総長となり、次々と女性の日常生活を変えていく。改革は女性たちの外見を変える事から始めようと考えた。
パインの言う胴を締め付けるコルセットというのは、どうやら着物の帯のようなものらしい。佐助は結菜さんから見せてもらった未来のしゃしんと、パインから得た情報を参考に、時代に合った独自の服装を模索していく。
コルセットや帯で身体を必要以上に締め付けるという事は、多分自然ではないだろう。だから未来の社会では廃れてしまったに違いない。それから今ヨーロッパで流行っているという、スカートの中に型を入れて大きく広げるなんて事も不自然だ。女性の服装はもっと自由に動けるものでなくてはならない。
「パインさん、絹だけではなく小袖もヨーロッパに紹介して頂けますか?」
「小袖ですか」
「はい、一枚仕立ての衣で洋風小袖、結菜さんはわんぴーすと呼んでました」
「サスケ」という呼び名で輸出してみようというのだ。外では無理でも、室内着や下着としてなら需要があるかもしれない。
さらに佐助は、ヨーロッパの服装は曲線で、それに対して日本の着物は直線だと、その違いに気づいた。だから曲線の中に日本の着物で表現される直線を入れる事によって、ヨーロッパの女性に新しい女性の美しさを提供出来るのではないかと。
結菜さんからは沢山のしゃしんという絵を見せてもらっている。袖の長さ、首回りのデザイン、絹を重ねることで膨らみを持たせることも出来る。佐助はアイデアが次々と浮かぶのだった。
「女子学び舎の制服は西洋小袖にします」
まずは日本の女性たちの服装からアイディアを形にしてゆこう。佐助の強い意向もあり、制服は着ている人が歩くことで、自然に波を打つような裾の広がる西洋小袖にする。結わない髪の長さは肩くらいが理想だとする規定も決まる。そして制服は生徒たちが自ら学びながら仕立てをしていく。
最も苦労したのは未来のしゃしんにも有った靴だ。それは下駄と足袋を組み合わせる事でなんとか作った。女子たちは互いに意見を出し合いながら改良を続けた。完全とは言えなかったが、歩くには十分だった。
学び舎の女子たちが靴(?)を履き、優雅な西洋小袖を着て城下を歩くと、それは目立つ。といっても、なにしろ、時の将軍秀矩様からのトップダウンで決められた事だ。恐れる必要は無い。遂には多くの女子たちが、西洋小袖と靴で歩き始める。
「あの子たちの履いている袋のようなものはなんじゃろ?」
だが、見慣れてくると、城下ではそれが普通になってしまった。
それから結菜さんはめいくと言って、盛んに化粧をしていたけど、今の時代には必要ないのではないか。若い女性がそんなに化粧をするのは、何か違う気がする。だから化粧に関してだけは後ろ向きだった。
佐助はパインに、ヨーロッパの服装を教えて欲しいと頼んであった。
だが教えられたその内容は、佐助にとってあまりにもかけ離れている服装である。見当も付かず、何の参考にもならない感じであった。
その内容とは、
「……コルセットで胴を締めあげます。張り骨でスカートを大きく広げ、パリの流行を追いかけ、目まぐるしく変化しているのです。布地は木綿で、まだシルクは入って来ていないようです」
パインはイングランドやパリで見られる最新の流行を、かなり正確に知らせて来てくれた。だが、佐助には何が何だか、さっぱり分からなかった。結菜さんの見せてくれた未来の服装とも、全く違っていたのだ。これでは服装を商品にするという考えも挫折してしまうかもしれない。
しかしここで、佐助は懸命に考えた。下着としてでもいいから、着てみてもらおうではないかと。その素材にはまだ輸入されていないが、シルクと呼ばれる絹を使おう。
パイン殿はシャムの伝統的な手織物である、シャムシルク独特の美しさに着目し、産業にしようと考えているという。だったらちょうどいいではないか。
パインに佐助は思いを話してみた。
「そのヨーロッパで流行っているというコルセットは、女性の胴を極限まで締め付け、胸と腰を大きく見せるという誠に不思議な風習と感じます」
「…………」
「日本の帯も似たようなものですが、そこまで極端な事はしません。あくまで着物を留める為のものです」
佐助の屋敷に大阪城から使者が来た。
「パイン様より、連絡が御座いました」
パインのシャムシルクをヨーロッパに輸出する試みは、成功しているようだった。ただ、「サスケ」ブランドの西洋小袖は苦戦しているという。
コルセットや型枠を止めて、スカートを重ねるという、より軽やかなファッションを勧めてみた。だが、当時ヨーロッパの女性たちは、大きく広がっていたスカートが急にしぼんでしまうことに慣れなかった。そのためスカートのボリュームは、刺繍を施すことで保ようにする試みもあった。しかし「サスケ」ブランドの提案する目新しいファッションが、確実に注目されたようだ。
パインから届いた手紙には、奇妙な報告も記されていた。
「コルセットを嫌う婦人たちが現れ始めました。しかし今度は胸元を大きく開けた衣装が流行しております」
新しい試みに興味を示した女性たちが、胴体を締めつけなくなると、今度は胸のふくらみを見せようと、広く開ける事が流行り出したという。その話を佐助が聞いても、やはり理解するのは難しかった。だが、手応えは感じていた。
「どうやらヨーロッパの女性は、身体の一部を見せることにあまり抵抗はないようですね」
肩や胸を出す洋服なら結菜さんのしゃしんにも有った。佐助はさっそくそんな洋服を幾つか紙に書いて、型を取り、女性たちに西洋小袖として作らせてみるのだった。
「ええっ、これを私が着るのですか。肩が丸見えではありませんか!」
「結菜さんの時代では普通だったそうです」
佐助から少しだけ不思議な未来の話を聞いていた女子たちは、
「未来の女子って大胆なのですね……」
佐助が着てみてくれと頼んだ女生徒はしり込みをしたが、出来上がった小袖を試着しなければならない。ただし胸や肩が大きくあらわになってしまう服だ。
「今ここに殿方は居りません。大丈夫です」
「…………」
やっと試着された服を見ても、佐助は作った本人なのに、なぜこんな服装が流行るのか不思議だった。
くノ一であった佐助は、大阪城に住まうようになってからの着物など、窮屈で仕方が無かった。ところが結菜さんのしゃしんを見て、こんなに自由で開放的な服がうらやましいと感じた。
ヨーロッパのコルセットもやがて廃れ、女性の服装はもっと楽に着れるものとなって行くに違いない。本来女性はそれを望んでいるはず、だから未来のしゃしんには、コルセットをした女性などなど写っていないのだ。
シルクをヨーロッパに輸出するという考えにパインは納得している。さらに佐助さんの言われる西洋小袖ももっと輸出してみよう。
パインはそう考え、すぐに決断実行した。
こうして女子学び舎から生まれた新しい衣装は、やがて「サスケ」の名で海を渡ることになる。それは日本初の本格的な服飾ブランドの始まりであった。




