第55話 戦闘
秀矩の指揮する兵を乗せた交易船四隻は、堺の港を出ると長い航海を経てザーディン城の港に着いた。シャムより少し南、半島南端の国である。ここで水と食料を調達する。その際シャムの情報を得ようとしたが、
「言葉がなかなか通じず、シャムの話は聞けませんでした」
同行するパインであるが、思うような情報は聞き取れなかった。
「そうですか、分かりました」
シャムの南岸では南北に流れる大河の河口付近に停泊する。茶色く濁ってうねる河の流れは速い。巨大な水草が次々と流れて来る。首都のアユタヤはここから百キロほど上流にあるという。帆船で遡る事は困難だろうし、急いで進軍する必要はない。秀矩は夜明けを待って命令を下した。
「兵を下ろせ」
そこは遠浅の海岸であったが、船に大砲は積んでなかったので、上陸にもさほど問題は無い。湿地や灌木など進軍の困難が予想されるシャム南部の地では、連発銃のような軽装備が好ましいと判断したのだ。
連発銃は90丁、新式火縄銃50丁で、侍の数は約5百人。軍隊としては非常に小規模な編成であった。
だが上陸してみると、日本とは明らかに違う高温と湿気で、足場も悪くジャングルを行くようだ。やはり大砲を持って来なかったのは正解だった。
「殿」
「どうした」
「斥候のような者達がおります」
早速現れたシャムの軍人らしい者達が二十人ほどでこちらの様子を伺っている。見知らぬ大型船が四隻も海岸に停泊したのだ。昨夜のうちにも連絡が行ったのだろう。
「パイン殿、話をしに行きましょう」
「分かりました」
途中で立ち寄った港から、日本の軍がシャムに向かっているらしいとの情報が、既に伝わっていたに違いない。ここはパインの協力がぜひとも必要だった。パインの通訳で、日本人を守るため止むを得ず進軍すると、こちらの意図を話し理解を得ようとしたが無視された。やがて散発的に小競り合いが始まる。
「連射はするな。しっかり狙って撃て」
出来る事なら平和裏に解決したかったが、発砲が始まってしまった以上は仕方がない。少人数の敵はすぐ引き返して行った。
「前進するぞ」
九鬼氏に率いられた百人ほどの水夫だけはそのまま船に留まる。上陸した部隊は三日間、湿地帯や密林を縫うように北上。アユタヤまで後五十キロくらいと思われる比較的開けた地点で止まった。
ついに敵の大軍団が現れたのだ。新式らしい火縄銃を持ったポルトガル人傭兵隊が三百人は超えるだろう。後は数千の弓兵と象兵が木立の間に見える。
日本の軍は四百から五百人くらいで大したことは無いと、そう判断したに違いない。シャム側は、いきなり全軍を投入する全面決戦を挑んで来た。一気に片を付けようという気配である。
「幸長」
「はっ」
幸長は既に高齢となっていたが、本人の強い希望で参陣する事になった。砲術家稲富一夢に師事したほど鉄砲にのめり込み、名手だったとも言われている。その生涯は火縄銃と共にあった。
「今度は容赦するな。撃ちまくれ」
「分かりました」
敵をひきつけると、幸長の号令が下った。
「撃て!」
横一列に並んだ火縄連発銃と新式火縄銃の轟音が響く。幸長の厳しい訓練を受けて来た鉄砲隊だ。
銃座で支えられた連発銃は新式火縄銃よりも射程距離が長く、口径が大きいから弾丸も威力のあるものだ。ポルトガル人傭兵は予想外の射撃に隊形を崩した。先頭にいた者達が次々と倒れ、後続は混乱した。ましてやシャム兵は金属製の甲冑など身に着けていない。次々を倒れていく。矢を射る暇もなく、引き返そうとして象が暴れ大混乱になった。前面に居たポルトガル人の傭兵は、始めて見る連発銃の威力に驚いて退却。シャム兵も多くが倒れ、ちりじりになって逃げて行った。
戦いが一段落した頃、政敵から廃位させられていた前王の忠実な臣下が、秀矩の陣営にやって来た。長政を知る旧臣たちから、真相が秀矩に伝えられたのである。 長政は宮廷内で実権を握る一派の政策に反対したため、目障りになったのか抹殺されてしまう。さらに日本人の復讐を怖れ、日本人町の焼き打ちを命じている。日本人の中には、なんとかカンボジアにまで逃れた者もいるという。
前王の臣下は秀矩の前に出ると、腰を床に落としてシャムの挨拶をする。
「日本国の王に拝謁いたします」
「どうかお立ち下さい」
その家臣は、亡くなった代々の先王から続く苦難の道のりを語り、お味方になって頂きたいと話した。
「分かりました。お手伝いしましょう」
「有難う御座います」
家臣は同志の者たちを集めて反撃のチャンスを窺いますと言い残し下がって行った。
日差しは強くなり、焼けるような暑さの中を行軍して行く。汗は絶えず流れ、鎧の下の着物は濡れた布のように肌へ張り付いた。
シャムには三つの季節があるという。
暑い季節。
とても暑い季節。
そして耐え難いほど暑い季節。
秀矩の軍が都に迫ると反撃は強まったが、弓と象兵が主力のシャム軍は、やはりここでも連発銃の敵ではなかった。さらに先王を慕う者達の反乱が起こると、シャム軍は戦意を失い、各地で離反が相次いだ。もはや王都を守れる兵は残っていなかった。
秀矩達が見守る中で即位した新王アーティッタウォンは、逃げていた日本人達を呼び戻して、二年足らずで日本人町は再建された。焼け落ちた日本人町には再び人が集まり始めていた。秀矩はその光景を見て、ようやく海を渡って来た意味があったと思えた。日本とシャムとの間には友好条約が締結され――
交易が盛んになって行くことになる。ただし、逆転してしまった明国人と日本人との経済界の勢力図は元に戻らなかった。




