第54話 仁左衛門(山田長政)
「仁左衛門様がいらっしゃいました」
「お通ししなさい」
パインのアユタヤ商館は高床式で樹木に覆われ、熱帯の強い日差しを遮っている。
そこにひとりの髷を結った日本人が訪れて来た。腰に刀を差した羽織袴姿で、その上からさらにベストを着ていた。男の名は仁左衛門(山田長政)。ベストに固定されているのは懐中時計である。
アユタヤ日本人町の頭領で、傭兵隊長をも務める人物であった。
「パイン殿」
「仁左衛門様、どうぞお座り下さい」
長政は椅子に座ると、ため息をつき、話し出した。
「私はどうやら、地方の防御を名目に都を離れさせられるようです」
「左遷という事ですか」
「おそらくは……私を都から遠ざけたい者達がおるのでしょう」
「…………」
日本人勢と対立関係にあった明国人の圧力が宮廷内に及び、そのせいなのか長政は左遷されるのだった。
「たとえ都を離れても、私は王家への忠義を捨てるつもりはありません」
「私で出来る事があったら何でもおっしゃって下さい」
「有難う御座います」
長政は亡き王への忠節を守り政敵への報復を誓ったが、長政の軍事力や統率力を恐れた何者かの手により毒殺されてしまう。さらに長政の死と同じ年に、反乱の可能性があるとして、アユタヤ日本人町は焼き打ちされ住人は虐殺された。
「日本人を救うのだ」
「はい」
パインは出来るだけの人数を動員して、命からがら逃げて来る日本人達を救い匿った。
「パイン殿、日本人を救ってくれたお礼を申し上げます」
大坂城の一室でふたりは向かい合っている。秀矩はまずパインが、逃げて来た日本人を救ってくれた事に感謝した。
次に、
「日本人が大勢虐殺されたというのに、黙っているわけにもいかない。調査の使節を送りましょう」
パインは内心、イングランドであれば既に艦隊が動いているだろうと思った。しかし口には出さなかった。
だが、実は秀矩もそれは十分承知していたのだ。幸村に軍の派遣準備をしておくようにと指示を出していた。
「やはりそうか」
「はい」
シャムに派遣した調査の使節は、門前払いされたと報告が来た。
「幸村殿、これは軍を出さざるを得ません」
「使節を拒絶した以上、名分は立ちます」
戦国時代末期に日本は世界最大の銃保有国となっていた。長い戦国の世を経て、実戦経験を積んだ大軍を動員できるだけの国力を備えていた。
九鬼水軍を引連れ、秀矩自らが出陣する旨を伝えた。
だが幸村などは、
「殿が行かれる事には断固反対致します」
「そう言わないで下さい。あの方も行ったではないですか」
あのフリーターと言われる方は、九州の地での戦にも率先して出陣したのだ。
「しかし」
「危ないことはしません」
「戦場で危ないも何もないではありませんか」
「私はこの目でアジアを見てみたいのです。行きます」
国内には太郎兵衛殿が居ると言って、譲らなかった。
遠征には大砲を乗せた鉄張りの巨大鉄甲船を推す者も居たが、秀矩は否定した。
「長い外洋航海で、上部が重くなる鉄張りの船は危険です。それに今回の戦で海戦は考えられません」
買い取ったヨーロッパの交易船を使用することにした。
こうして豊臣軍初の海外遠征が動き始める。
日本史上初となる本格的な海外遠征が、いま始まろうとしていた。




