第53話 佐助
ムラト3世はコンスタンチノープル攻略から三年後、未だ帝国に従おうとしない都市バクダード侵攻を決意した。その距離は、軍が移動するだけでもニカ月から三カ月はかかる。
「ヤスべ」
「はい」
「お前に見せたいものが有る」
ムラト3世が見せたのは、ニ頭立ての馬車に連発銃を載せた戦う車だった。日本より取り寄せた連発銃は既に百丁を超えている。
馬には発砲音を何度も聞かせて慣れさせてあり、出撃時には防弾具を着せる。もちろん銃の射手も、防弾装備で守られる。この戦う車を考案した者には報奨金を与える事も考えられた。だが、これは試作段階で消えていく運命にあった。防弾の装備で重くなり過ぎたのだ。馬にも車体にも鉄板を張って試したが、重すぎて実戦には向かなかった。結局、連発銃の台座に車輪を付けるだけの簡素な構造へ改められた。
しかし連発銃の活用方法を真剣に検討するスルタンを見ていると、安兵衛の胸中は複雑だった。遠く日本を離れて、この戦場での活躍を夢見て来たのだが、ここでも飛び道具が主役になろうとしているではないか。侍の時代は、静かに終わろうとしていた。
安兵衛は遠い日本を思った。
「秀矩様」
「佐助さん、今日はどうなさいましたか?」
佐助は佐和山城の戦いでも活躍した忍者くノ一である。大阪城の一室に、佐助は布でくるんだ物を抱えてやって来た。
「『ふぁっしょん』という、未来の衣服のお話に参りました」
「ふぁっしょん?」
「はい。以前に、あの方と一緒にいらした女性、結菜さんを覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん覚えています」
あの方とはもちろん時空の壁を越えて戦国時代にやって来た未来の者なのだが、一緒に女性も伴っていた。その女性が結菜である。
佐助はその結菜さんから、未来の服装の話を聞いているというのだった。
「あいふぉんという、不思議な絵を見る道具で大勢の未来の女性達を見せて頂きました」
「…………」
どうやらしゃしんという絵図で未来の服装を見たようなのだ。それを紙に書いて保存してあるという。寺子屋の大掛かりな物を建てるという事は、既に分かっている。佐助はその学習の一環で、女性たちに服飾を学ばせようと考えているのだった。
「それはいい考えですね」
「秀矩様は武器や弾丸を輸出すると仰ってますが、服飾を商品とする事は出来ないでしょうか?」
秀矩はびっくりする。そんな事は思いもよらなかった。
やはり学び舎で人材を育て、様々な考え方を得る事がいかに必要かが、これではっきり分かる。
「それはとても良い事だ。ぜひ佐助さんも手伝って下さい」
「はい、もちろんです」
学び舎は次々と建って、全国より集まる若者は数百人規模となる。やがて全国の寺子屋や藩校から優秀な若者が選抜され、学び舎へ送られるようになった。寄宿舎も建てられた。生活費は全て、秀吉の蓄財によって日本一潤っている豊臣家が、責任を持って面倒を見る事になっている。
学び舎は男女別々で、寄宿舎も別となった。それまで寺子屋で行われていた授業もそのままで、さらに武器弾薬の作り方から、製鉄、南蛮貿易、航海術、東南アジアから中東、西洋事情、服飾まで、学ぶ範囲は多岐に渡った。さらには武道の習得も合わせて行われる事になり、学び舎は多くの若者の熱気が渦巻く場所となるのだった。
数日後、
「殿、佐助様が参られました」
「お通ししなさい」
「はっ」
大阪城の洋室は既に幾つか出来ている。秀矩のお気に入りで、常に使われているのだ。その部屋でふたりは椅子に腰掛けて向かい合った。
「佐助さん、お久しぶりですね」
「はい、秀矩様がお忙しそうで、なかなかお会い出来ませんでした」
「申し訳ありません」
秀矩が頭を下げた。
「そんな事なさらないで下さい。お殿様なんですから」
この大阪城にあって、佐助の立ち位置は特殊だった。佐助とは猿飛佐助の事で、フリーターだった結翔が秀吉の嫡男鶴松に転生すると共に活躍した忍者のくノ一である。秀矩の事情を知っている六人のひとりで、しかもあの方との関係を考えると、先の将軍の御台所様でもあるのだ。しかしその秘密は固く守られている。大奥にも属さず、時の将軍秀矩様とも対等に話せる女性だった。だから大奥の女たちも佐助様と言い、別格の女性として接していた。
「ところでイングランドへ若者を留学させるとの事、お聞きしております」
「はい、日本は人材を育てなくてはなりませんから」
「ではお聞きしたいのですが」
「はい」
「女性は何故入っていないのですか?」
「あっ」
確かに言われてみればその通りだった。人口の半分は女性なのだから、男子だけを学ばせると言うのは、文字通り片手落ちだ。
「それはその通りですね。すぐに手配をして、女性を全国から募集致します。留学の件も選考を見直しましょう」
日本の社会に必要な女性達を、この目でしっかり確認したい。きっとあの方も未来から見ていらっしゃるに違いない。そんな思いに佐助は、そっと胸の内で声にしてみるのだった。
「そうですよね……殿」
そう言って佐助は外を見つめた。
遠い未来から来たあの人なら、きっと同じ事を考えたに違いない。




