第51話 反乱
コンスタンチノープルを攻略したムラト3世は、次の標的を西に求めるか東にするかで迷っていた。西に向かいスレイマン1世の偉業を回復したいのだが、まだ東には新たな帝国を認めない都市が点在している。
「ヤスべ」
「はい」
「狩りに行くぞ」
ある日ムラト3世は、ヤスべと少人数の供を連れただけで、狩りに出かけた。
だが、
「申し上げます、首都で反乱が――」
「なに!」
ムラト3世の留守が狙われ、首都で反乱が起きたのだった。
首謀者はヤフヤと、その副官や仲間達。しかも首都を守るべき歩兵常備軍イエニチェリの一部も含まれていた。第三軍団がヤフヤに呼応し、数千の兵が武装蜂起したのだった。
「おのれヤフヤめ……」
ムラト3世の顔に怒気が浮かぶ。
「許さぬ」
イエニチェリはかねてより強大な力を持つようになっていた。存在感が増してくると、戦争時で略奪を行うのはもちろん、首都ではしばしば反乱を起こし、ときには宰相を更迭させたり、君主を廃位したりするほどの実力を手にしだした。
この反乱でも、イエニチェリの軍団は街を襲い、主に異教徒の商店で略奪を働いた。宮廷内にも乱入、宦官や宮女たちは逃げ惑った。
知らせは狩りをしていたムラト3世の下に届けられた。
「ヤスべ、来い!」
「はっ」
だがその瞬間、安兵衛は気配を感じた。
「ん!」
振り向くと、視界の端に弓を引こうとしている者がひとり、
刺客――
とっさにムラト3世に体当たりすると、矢は安兵衛の脇腹に刺さった。スルタンの護衛に刺客が紛れ込んでいたのだ。矢を射られた安兵衛と、取り押えられた刺客が目に入ったムラト3世は声を掛けた。
「ヤスベ!」
「大した事はありません」
さほど深くはなかったが、矢じりにかえしがついており、抜けずに折った。矢を放った者はその場で斬り殺された。ムラト3世と共に安兵衛は馬に鞭を入れる。反乱軍は宮殿周りの館にも火を放って略奪をしていると言う。そこにはミネリマーフの待つ館もある。
馬を走らせやっと宮廷に着いた。安兵衛は居合わせたイエニチェリの暴徒を何人か切ったのだが、
「くっ!」
身体が思うように動かなくなってきている。矢に毒が塗ってあったのだ。安兵衛の周囲を囲み剣を振り上げる者達が居る。だが声が掛かった。
「待て、そいつはおれに任せろ」
ふらつく身体を何とか立て直して見ると、見覚えのある顔だ。
「サムライの腕を見せてもらおうではないか」
あのヤフヤと一緒に居た男。
「ふん」
男はせせら笑うと剣を必要以上に振り回して迫って来る。
「野郎!」
早くも男の剣が振り下ろされた。かろうじて受け止めるも、やはり力が入らない。額を切られた。何とか突き放したが、まずい事に、流れ出た血が目に入って来る。
「なんだ、サムライ、お前の実力はその程度か」
勝ち誇った男の声が響く。
次は無い。
足元が揺れ、視界が滲む。
毒が回った身体に、もう受ける力は残されていなかった。
この一撃が全てを決める。安兵衛は刀を顔の横に高く引き寄せると、血の流れている目をつぶった。
「この野郎!」
だが、飛び掛かって来た男が剣を振り下ろす間は無かった。
次の瞬間、
「イエエーー」
閃光のような一太刀が走った。
誰の目にも、その太刀筋は見えなかった。
男の剣は根元から断たれ、
胴は肩口から脇腹にかけて深々と裂けていた。
安兵衛の刀は、振り降ろされてくる男の剣を断ち、その身体を斜めに切り裂いていたのだ。しかし安兵衛の記憶はそこですっぱり途絶える。




