第46話 寺子屋のようなもの
「旦那様、仁吉殿がお見えになりました」
「お通ししなさい」
穀物商大矢太郎兵衛に対する豊臣家の扱いは大名並みで、毎年、正月になると各藩から役人が挨拶にやって来る。それでも会えず、番頭に会うのが関の山だった。だが仁吉の来訪となれば話しは別である。太郎兵衛も話が有ったので周囲の者を遠ざけた。
「太郎兵衛様」
「仁吉殿、今日はどのような御用件でしょうか?」
仁吉の用と言えば、武器弾薬の事、あるいは製鉄所の事に違いないと太郎兵衛は思った。だが、切り出したのは意外な話だった。
「実は職人を育てる学び舎を造ってみようと考えております」
「学び舎ですか」
「寺子屋のようなものです」
「なるほど」
「私は今まで、あの方から聞かされた銃を造る事に夢中でした。ですが今では、私と数人の弟子だけでは、とても手が回らぬほどになっております」
「…………」
「注文ばかりが増え、弟子を一人前に育てる時間も取れません。このままでは技が途絶えてしまいます。私一人が銃を造れても意味がありません。私が死ねば終わりです。しかし百人の職人を育てれば、その技術は受け継がれていきます」
仁吉が見習いに入った頃は、トンカチで殴られながら、技術を盗み覚えたものだと言う。だがこれだけ大量の銃を造るようになった今、そんな事をしていたら、到底秀矩様がお望みになる数はこなせないだろう。職人をもっと増やす必要があると相談に来たのだった。
「なるほど、それで学び舎ですか」
「はい」
確かに仁吉の言う通りだ。武器や弾丸を輸出し続けるには、それを支える職人を大勢育てなければならない。二人は、あの方から聞いた「分業」という考えを思い出していた。一人がすべてを担うのではなく、多くの職人が役割を分けて造る。その発想は、この時代にはまだ新しかった。
太郎兵衛と仁吉から話を聞かされた秀矩は可能性の広がりに、胸が熱くなるのを感じていた。肝心なのは、何かを決める時の考え方ではないか――秀矩はそう思った。
あの方が残したものは未来の知識ではない。考える力そのものだった。
秀矩は、そう思い始めていた。
「造りましょう。太郎兵衛殿も仁吉殿も講師をなさって下さい」
学び舎で職業訓練をさせたいという仁吉の発言を、秀矩は熱く受け止めていた。
「それからパイン殿には海外の講師を紹介していただきましょう。いや、パイン殿ご自身にも教えを請いたい。武士だけでは国は栄えません」
「…………」
「職人も、商人も、学者も必要です。これからの日本は、人を育てる国にならねばならないのです」




