第43話 安兵衛とイェニチェリの男
日本で連発銃をオスマン帝国にのみ追加輸出すると話し合われていた頃、ヨーロッパは混乱の極みだった。国内問題で手一杯となるイングランド軍が去ったコンスタンティノープルは、ハンガリーが一時的に支配していた。その奪取にも意欲を燃やすムラト3世は、7万のオスマン帝国軍を率いて包囲した。だが立てこもるハンガリー部隊はわずか6千の兵力だったにもかかわらず抵抗を続けていた。包囲戦は数か月に及び、城内へ通じる坑道を掘る作業も続いていた。そんなある日のことだった。
オスマンの兵舎でサムライとイェニチェリのどちらが強いかという話題が出た。いかに戦場とはいえ、日夜の分け隔てなく戦闘をしているわけではない。数カ月も続く内には、こんな日もあるのだ。
「ヤスべ(安兵衛)、お前はイェニチェリよりも強いのか?」
「…………」
「どうだ、一対一でやってみようではないか」
周りに集まったイェニチェリ兵士達が盛んにはやし立てている為、言い出した男も引っ込みが付かなくなった。
「やれやれ!」
「そうだ!」
もう周りは勝手なものだ。いい暇つぶしではないかと喜んでいる。
「お前が死んでしまっては、ムラト様に申し訳がない」
「なに!」
安兵衛の返事を聞いた男の顔に怒気が浮かぶ。
だがそこに、騒ぎを聞きつけたムラト3世が現れると、周囲を埋め尽くした兵士達が一斉に膝を折り、ひざまずいて頭を下げた。
「何を騒いでおる」
「は、この両名、どちらの方が強いのかと揉めております」
周囲を見回していたムラト3世は安兵衛を見ると、
「その方の剣技をまだ直接見てはおらぬな」
「…………」
「丁度よい機会だ、今ここで見せてはくれぬか」
「しかし私が刀を抜けば、この者が死ぬ事になるやもしれません」
「かまわぬ、やれ」
「はっ」
一礼した安兵衛は、男とムラト3世の前で対峙する。大柄なイェニチェリの男が剣を抜くと、安兵衛も刀を抜き正眼に構えた。
しばらくにらみ合いが続いたが、やがて男が奇声を上げて切り掛かって来た。
安兵衛はすっと刀を横に引き寄せ、半歩だけ踏み込み、刀を走らせた。
「イエッーー」
次の瞬間、男の首筋から鮮血が噴き出す。
男は何が起こったのか理解できぬまま膝を折り、前のめりに倒れた。兵士たちは息を呑み、誰一人として声を上げる者はいなかった。
ムラト3世は安兵衛の無駄のない動きと、剣さばきのあまりの速さに驚愕した。これでオスマン陣内でのサムライヤスべの人気は、一気に高まる事になった。
コンスタンティノープルの情勢をひとまず安定させたムラト3世は、今度は東へと目を向けた。サファヴィー朝に従っていた小国を次々と降して行くと、視線はさらに東へ向いていた。
その先にあるのはインド――そして世界であった。




