第36話 時空を超えた援軍
「どうであった」
「はっ」
秀頼の前に偵察を終えて戻って来た者が居る。
忍びの者であるせいか、静かな物腰のくノ一猿飛佐助が控えている。
「石田三成殿など逃げておられる西軍の将兵を追って一部が東軍本体から離れました」
「そうか」
「あの……」
猿飛佐助の報告を聞いていたおれの背後から、声を掛けて来た者が居る。
「秀頼様」
「ん、その方は」
「申し遅れました。私は石田朝成と申します」
石田三成の甥であった。
「ご命令下されば今直ぐにでも、我ら城兵は一丸となって東軍に斬り込む所存で御座います」
多分この者は既に玉砕の覚悟を固めているのではないか。それは無理もない。当初はわずかな城兵に対して、その数十倍の東軍に囲まれたのだ。しかも既に西軍は関ヶ原で負けたと報告が来ている。佐和山城主の石田三成殿も逃げているという事だが、逃げ切れるものではないだろう。
こうなったら石田の一族は皆殺しとなる。もはや迷う事はない。どのように死ぬか、それだけを考えれば良いと。
「自決などは誰も考えておりません。あくまで敵に一矢を報いる所存で御座います」
「まあ、そう焦るな」
秀頼は守備兵全員に表門の前に出て待つように言った。幸村や勝家の兵らも全員である。
さらに全ての鉄砲を前に出して並べさせると、秀頼が誰かと話している。
「ん?」
誰と話しているのか……安兵衛には何が起きているのか分からないが、それでも少しずつ感じ始めている。
その男――秀頼と名乗った者は、時空を操るトキに、重装騎兵とタタールの隊長バルクへの伝言を頼んでいたのだ。
そして秀頼が静かに空を見上げている。
次の瞬間だった。
戦場の空気そのものが揺らぎ始めた。
誰も見た事のない巨大な歪みが平野に現れる。
戦場の広大な空間が霞んだようになると、謎の重装騎兵とタタールの傭兵騎馬軍団が姿を現し、東軍の先鋒に襲い掛かった。
「野郎ども、殺せ、殺せ、殺せ!」
バルク隊長の檄が飛んでいる。
安兵衛はついに秀頼様と呼び始めた。
「秀頼さま、これは一体……」
これまであの方によって引き起こされた数々の奇跡のような出来事を見てきた安兵衛も、この大規模な軍の出現にはさすがに驚いている。
当然のように東軍先鋒の動揺は隠しきれない。背後から得体の知れない騎馬軍団にいきなり攻撃されたのだ。だが時空移転などという想像を絶する状況はもちろん理解出来ていない。まるで後ろの東軍が裏切り、襲って来たような感覚にとらわれた先鋒の兵達は反撃も敵わずに逃げ出した。最後尾の者はほぼ無抵抗のまま切り殺され、その次の者共は次々と友軍を押し倒して逃げ出した。
しかし、逃げた先には佐和山城兵、幸村、勝家らの鉄砲隊が待ち構えていたのだ。
「撃て!」
一斉射撃の後は鉄砲をその場に捨てさせ、全軍に突撃を命じる。東軍先鋒は背後から騎馬兵、前からは復讐心に燃えた佐和山の者達が突撃を開始する。この東軍先鋒は小早川を始め西軍を裏切った者達だと、皆が認識していたのだった。
しかし突如現れた西軍に囲まれた小早川達は、かつて自らが大谷吉継隊を包囲した時と同じように囲まれ、同じ運命を迎え、混乱して統率を失った末全滅した。
背後に控えている東軍本隊の面々は何が起こっているのか分からないまま、呆然と立ち尽くしているだけであった。
「秀頼様」
石田朝成が声を掛けてくる。先鋒は撃ち砕いたが、まだまだ圧倒的な勢力差である。前方には東軍がびっしりと並んでいる。
「いよいよ決戦で御座いますな。先鋒は是非某に。我等の死に様を敵に見せてくれます!」
「ハッハッハッ、未だそんな事を言っているのか。まあ、もう少し様子を見ておれ」
秀頼は振り返ると、
「佐助はおるか」
「これに」
「狼煙を上げよ」
「はい」
「お頭、城から狼煙ですぜ」
ハックの部下が声を上げた。
佐和山城から程近い琵琶湖畔に陣取る異様な者共がいる。
ユキの商船三隻に分乗してやって来たのは、かつてユキに命を救われたイングランドの海賊キャプテン・ウィリアム・ハックと三百人の仲間達だった。
この援軍もまた、商人ユキが世界各地で築いた縁によって集められた者達だった。
かつて大西洋を荒らし回ったハックは、今ではユキの船団を守る武装船団の指揮官である。
湖畔には、鉄砲鍛冶職人仁吉が改良を重ねている新式連発銃四十挺が並んでいた。
「いつでも銃撃出来ます」
「よし、撃て!」
横に広がっている東軍の左翼側に向けて、四十挺の最新式火縄連発銃が一斉に火を吹いた。




